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 対面

 見渡す限りの荒野。


 荒れ、荒れ果て、草木1つ見られないほど荒廃した、赤い大地。魔族、人間の区別なく、多くの命を吸った大地が、この『魔王の血涙』という姿なのである。


 寒さはない。これまでの道程を嘲笑うかのように、あるいは慈母が優しく抱き締めるように、寒さはない。

 荒野が続くこの先に、私の目的の人物は鎮座していることだろう。相手を人物と表現して良いかは、是非を問われることであろうが。


 花が乱れ咲いた。


 こんな何もないかに思われた赤い大地に、凛然と根を下ろす花々。芳香が良い。そして美しい。


 彼の趣味であろうか?

 そういえば、土産を用意していなかった。私は必ずしも、彼に敵対するつもりで訪れたわけではない。ならば土産くらい、用意してしかるべきであっただろうか。

 そこまで考え、私は口端を上げる。


 おかしかったのだ。自分の思考が。

 相手は魔王。神算鬼謀の第13魔王。


 ダンジョンの奥に潜む、ここはその魔王の本拠地である。




 ゆっくりと、1人の少年が歩いてきた。







 「正直、ダンジョンを無視してここまで来られちゃうと、対応に困っちゃうよ」


 人好きのする顔を、苦笑に歪めて少年は話しかける。私に、話しかける。


 「いや、だってさ、僕が戦うのはダンジョンを完全踏破した者へのご褒美じゃん?

 それを、こんな形で出会っちゃうとさ、戦えばいいのか、ただ追っ払っちゃえばいいのか、本当に迷うんだ」


 「無駄話をするつもりはない。魔王に会わせていただきたい」


 私は、直接的な文言のみで告げる。あるいは、相手の少年の気分を害してしまうかと考えたが、おもねるわけにもいかず、まして自分にそんな器用な話し方が出来るわけもない。

 しかし少年は、より一層苦笑を深めただけにとどめた。


 「うん、まぁ、相手をしてあげたいのは山々なんだけどさ。そういうの、今皆に止められてるんだ。

 ここも既に包囲してるし、出来れば帰ってくれないかな?」


 「二度、同じ言葉を吐くつもりはない」


 探ってみれば、確かに周囲に2つ、気配がある。少年の後方にもさらに2つ。

 包囲と言うには数は少ないと感じるが、微かに漂う気配の質が、どれもただならぬものである。


 「そっか………」


 少年が肩を竦めると同時に、左右の花畑から何者かが駆け出した。


 2人の少女。1人は透き通るような水色の髪、1人は毒々しいまでの桃色の髪の少女である。

 私はそれに腰に帯びた刀を抜いて応戦する。


 だが斬れない。いや、どちらも斬るつもりなどなかったのだ。眼前に刀を突きだし、動きを牽制するだけのつもりだった。しかし、最初の水色の少女は、眉間に突きつけられた切っ先を、意にも介さずそのまま直進。私の眼前で魔法を放った。次の桃色の少女なんて、むしろ刀に飛び付こうとしてきた。

 何なのだ一体!?


 「貴様ら正気か?私が剣を引かなかったら死んでいるぞ!?」


 「フルフルは、剣では倒せないの」


 「ん。ミュルも」


 自信満々にそう言い放つ2人の少女。彼女たちの、魔族としての種族の特性はわからないが、しかし、生き物である以上、魔族とて刺されれば死ぬ。それをこの少女たちは………。しかも、私が持っているのはそんじょそこらのナマクラとは違う、一級品だ。

 出来れば、この後魔王と会った時の為にも、彼の仲間を殺したくはない。


 「くっ………!」


 自然、私は防戦一方となった。


 私は、貴様らと争うつもりはない。


 と言いたかったのだが、上手く言葉が出てこない。戦闘中ということもあり、会話をする機会そのものがないのだが、一番の理由は………―――


 「うーん………、このままじゃジリ貧だなぁ。ここはいっちょ、『ゴエティア』で悪魔でも呼んどく?」


 「いけませんキアス様!あんな連中呼ばずとも、我々だけで彼の者を打倒してみせます!」


 見れば、少年の背後には背の高い魔族と、背の低い紅色の髪を鶏冠状にした少年がいた。まるで彼を守るかのように。


 「じゃあどうすんの?できればここで大魔法は使わせたくないし、フルフルとミュルだけじゃキツそうだよ?」


 「私が―――ああっ、でもそれではキアス様の護衛がっ!相手が相手なので、キアス様の護衛は最低2人は欲しいところ!となれば、現在こちらに向かっているレライエに合流を急ぎませんと!」


 それは、彼女の言っている言葉が指し示す意味は、つまり!


 「まさか貴様が魔王か!?」


 「そうだよ。水の勇者さん」


 私の正体も知っている!間違いない。彼が魔王!!第13魔王アムドゥスキアス!!


 ならば―――ならばこそ、彼が私の目的。ここに来た理由。


 私は2人の少女を無視する形で突破し、彼へと迫る。当然、前に出て彼を庇う2人と、背後の2人に私は囲まれる。

 陣形は私に不利。形振り構わず戦闘に及べばもしかすれば勝てるかもしれないが、それはつまり壮絶な決戦を意味する。2人の少女も、まだ実力を隠している節もあった。決死の対峙となるだろう。


 だが私は、ここに戦いに来たわけではない。


 「魔王―――」


 私は、目の前の少年―――魔王に話しかける。




 「―――私の為に剣を打て!!」




 ………………。


 これが人に物を頼むような態度でないことは、十分に理解している。

 だが私は………、絶望的に口下手なのだ………。





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