ゲイル先生の愚痴のような何か
突然だが聞いてほしい。
人生には波がある。俺の人生もまた、急流の川面の如く、激しい波があった。
当然だが、良い時もあれば悪い時もある。これが、『悪いときもあれば良い時もある』なんて言葉になると、『当然だが』と頭に付けるのが躊躇われるのが不思議だ。まぁ、事俺に関しては、この言葉もあながち間違いではないのが幸いだ。
そこそこ苦労し、そしてそこそこの冒険者となった俺は、とある理由でその職を廃業せざるを得なかった。それから浮浪者紛いの生活を送り、同じような浮浪者紛いの連中と腐っていたら、運良く次の職にありつけたのだ。
これは本当に運が良かったと言わざるを得ない。斡旋してくれた旦那には、流石の俺でも足を向けては寝れねえ。
しかし、その職が問題だった。
教師。
ガラじゃねえと自分でも思うし、向いてるか向いてねえかで言えば、まず間違いなく向いてねえ。
とはいえ、職も住む場所も用意して貰って、それで文句を言うほど俺は馬鹿でも恩知らずでもねえ。
ただ、やっぱりガキは俺の顔見て泣き出すし(キアスの旦那は太鼓判押したが、何のアテにもならなかった)、教師連中にまで怖がられる始末。流石に同僚にまで避けられて生活するのは酷なんで、浮浪者時代に伸びっぱなしだった髪と髭を整えたら、何とか怯えずに話してくれるようになった。
だがここで、更なる問題に直面したわけだ。
ここのガキや教師、めちゃくちゃ頭が良い。
ぶっちゃけ、何言ってんのかわからねぇ。
「すいませんゲイル先生、そこの三角定規とT定規、取っていただけません?」
とか言われても、まず『三角定規』も『T定規』もわからねえっての。そもそも『定規』っつーモンがわからねえ。今はもう知ってっけど、それでも最初は混乱した。いや………、今でも教師連中の「微分積分が〜」とか「関数と二次関数が〜」とか、全く意味わかんねえけどよ。
一回是正しようと授業を見学してみたら、意味わかんねえ単語の羅列に目眩がしたぜ。新手の魔法かと思った。
しかも、驚愕すべき事に、肝心の生徒達は教師達が何言ってんのかわかってるみてぇなんだ………。正直、大人として自信無くすぜ………。
とはいえ、俺の担当は体育。頭を使う必要はなかったわけで、やたら武器について詳しく書かれた教科書を使い、実際に武器の使い方を教えるのが俺の仕事だ。
良く考えたら、駆け出しの冒険者が、身の丈に合わねぇ武器使って早死にするって話は良く聞くし、冒険者じゃなくったって、武器を使えて損な職はねえ。立派に役立つ授業ってわけだ。なぜだか旦那は、煤けた顔で「いや………、僕も子供に武器を持たせるのはどうかと思うけどさ………。でも仕方ないじゃん?
希望者も多く、実際に役立つ技能となれば、無理にスポーツを教えるわけにもいかないし………」何て言ってたが、何をそこまで気にしていたのやら。
いや、たまにやってるぜ、スポーツも。レクリエーション感覚で。
そんなこんなで、ようやっと教師としての職にも慣れたと思っていたら、あいつ等が現れたわけだ。
風の勇者とその弟子達。
いやいやいや、である。待ってくれよ、と。
ここの連中や、町にいる住民なんかも、隠しているつもりらしいけど、旦那が魔王だって事は、実は俺も知っている。
子供と付き合ってるから俺だけが気付いてるのかと思っていたのだが、この前冒険者時代の顔見知りと話をした時に探りを入れてみたら、どうやらそいつも知っているような口ぶりだった。
旦那はどうやら、この街の住人や冒険者になら、積極的に自分の身分を隠すつもりはないらしい。
まぁ、旦那には恩があるし、冒険者連中にとって魔王は大事な金蔓だ。無闇矢鱈に吹聴するつもりはない。そいつも、魔王については言葉を濁したしな。そいつの口ぶりからは、どうやらそういった利害関係以上の恩を旦那に感じている節があったが、それについては良く分からない。あたりをつけるなら、この前の襲撃騒ぎの際に何かあったのだろうが、その時の俺は子供達の避難誘導に当たっていたので、詳しい話は分からない。
とにかく、俺は旦那が魔王だと知ってるわけで、そんな旦那が風の勇者と仲良く連れだって現れたのだから、たまげるってもんだ。
これは、たぶん知られるとマズイんだけけど、知られないようにするのは骨だぞ?後で直接旦那に聞いてみよう。
その風の勇者パーティーなのだが………、とにかく疲れる………。
竜人族のイルミっつー女は、手ぇ出すんじゃねぇかってくれぇ、子供にベタベタしてるし、ドワーフのゴンザレスは部屋が隣同士な事をいい事に、しょっちゅう泊まりに来やがる。人間のラトルゥールって奴は一見普通で言葉遣いも丁寧だが、やたら飯を良く食う。つーか、俺より食う。
そして、肝心の風の勇者だ。
魔法の研究とやらで図書室に籠って授業をすっぽかし、かと思えば児童院では子供を侍らせ、授業ではいきなり高度な魔法理論をそらんじ始める。
ぶっちゃけ、4人の中で一番教師に向いてねえ………。
いや、高名な魔法研究家ってのは知ってたし、勇者として長生きしてるのも知ってるけどよ………。
ようは、天才過ぎて子供達と自分のスタート地点が違う事に気付いていないのだ。
弟子である3人にその辺の事情を聴けば………。
「え?何言ってんの?分かりやすいじゃない、師匠の教え方」
「あはは………、お師匠様が魔法を習得されたのは恐らく遥か昔ですから、仕方がありませんよ」
「魔法は学ぶものでなく、盗むものです」
じゃあお前ら魔法教師要らねぇだろ!!特にゴンザレス!!
つまり、どいつもこいつも天才なのだ。勿論、子供達はそんな異才ばかりではない。授業内容を大幅に改善するため、なぜか俺まで駆り出されたのだった………。結局、風の勇者の授業は、算術や科学なんかの授業と同じように、『高等魔法学』の教室を作るはめになった………。因みに今は生徒0。
はぁ………。
旦那が奴等を連れてきてから1ヶ月………。
ゴンザレスの戦斧の腕が達人レベルまで上がったり(元々かなり高かった)、イルミが女子児童にキスをしようとしたり(殴って止めた)、ラトルゥールが給食用に旦那から貰った魔大陸の食材をつまみ食いしたり(局地的な食料危機が発生した)、風の勇者が新しい魔法を4つ発明したりした(真大陸の魔法業界はてんやわんやだったらしいが、これだけは唯一俺に被害がなかったが、爺さん達が行列を成して入学しに来た………)。
そろそろ誰か、俺を励ましてほしい………。




