孤児院と児童院程度の違いっ!?
「まぁ、大した家ではないんですけど」
「何言うとん!?家にあの、水洗トイレが付いとるやないのっ!?」
「見て師匠!キッチンからは無限に水が出てくるわ!あらっ!お風呂!お風呂まであるわ!しかも個人用みたいな小さなやつ!
公衆浴場だけでもすごいのに、家にまでお風呂があるのね!………魔王はどれだけお風呂好きなのかしら?」
「冷蔵庫!?なんですかこのマジックアイテム!食の世界に革命が起きますよ!!」
「至れり尽くせりじゃないですか。キアス、まさかこの街の家全てが、こんな設備なんですか?」
どうやらサージュさん達は、お風呂や水洗トイレが常設されているのは、自分達が借りているような高級宿だけだと思っていたらしい。
もしかしたら、他の冒険者なんかもそう思っているのかもしれない。だとすれば、利便性で勝るホテル住まいから家に住む事に積極的でない理由もわかる。となると、これからの宣伝を考える必要があるか………。
「普通の家よりかなり狭いですし、部屋数もあまりありません。
4人で住むには手狭かと思いますが………」
「ええ、ええ。いざとなれば4人で雑魚寝すればええんやし!」
「そうね。それに適した部屋もあるみたいだし」
「家具を持ち込んだら、結構狭くなっちゃいそうですね………。ベッドは無理そうですし、あの『お布団』というものを買ってみませんか?私、あれちょっと気に入っちゃって」
「………あの………、………一応僕、男なんだけど………」
普通の家が二階建ての一軒家なのに対し、ここは二階建てのアパートのようなものだ。
一階と二階は別の部屋だし、隣だって別の部屋だ。とはいえ、ワンルームに押し込むのも気が引けたので、一室三部屋用意されている。
まぁ、狭いけどサージュさん(お父さん)、イルちゃんさん(お母さん)、ラトルゥールさん&ゴンちゃん(子供たち)が住むには困らないだろ。
「どうですか?」
「ここ、ホンマにタダでええんか!?」
よっし!食いついた。
ふっふっふ。信用は金では買えないが、タダで買うもんなんだよ。
「ええ、それはもう」
「おおきに!あ、でも子供たちの居場所見学してからやで、今回の話受けるんは」
チッ、まだ完全には信用されていないようだ。
「ええ、勿論。
では見に行きましょうか」
さて、授業参観最後の項目は、家庭訪問だ。
三階層には、学校として使われているスペースの他にも、学校施設以外の建物も存在する。教員用アパートもそうだし、食料庫や給食を作る場所も必要だ。
そして、もう1つ必要なのが―――
『児童院』
元は奴隷狩りの被害者だった子供たちの中には、運良く親と出会えた者もいたのだが、当然そうでない場合も多い。
既に両親が死んでいる者や、行方知れずの者。そんな子供たちの家は、今はこの児童院だけだ。
学校の体育館より大きな場所を占有する施設。
それがここ、児童院である。
「まぁ、アパートの隣なんで、さっきから見えていたんですけどね」
「せやな」
すぐ隣のアパートから歩いて一分足らず。僕らは児童院の敷地へと足を踏み入れた。
庭では学校から帰ってきた子供たちが、それぞれはしゃいだ声をあげている。見た感じ、大体小学校低学年くらいの子達だ。もう少し成長すると、将来のためにと折角の放課後まで勉強をして過ごすようだ。
流石に、そこまで根を詰めんでも………。
「料理は給食を担当する調理人が、朝昼晩作ります。ここでもいくつかの部屋に別れていて、子供たちはそれぞれ大部屋で一緒に暮らしています。個人の部屋なんかはありませんが、4人一組の部屋で共同生活をしています」
ほとんど二段ベッドしかない部屋なので、普段は自然と大部屋に集まって過ごすのだが、勉強のための静かな部屋が欲しいとねだられて、結構広い勉強部屋を造らされた事もあったな。最初から、部屋に机も用意しておけばよかった。
「友達が増えれば、ここの子達も喜びます」
「おぉっ!可愛い子供たちがいっぱいや!」
あ、聞いてねぇな。
「キアスさん、ここの管理も私達がやるんですよね?」
代わりに話しかけてきたラトルゥールさんに、僕は笑顔で答える。なんか、この子だけは結構普通の子だ。和む。
「出来ればお願いしたいですね。ボランティアなので、強制はできませんが」
「あ、それ自体は全然構わないんですけど、一体何をすればいいんでしょう?」
「主に、子供たちの点呼と、消灯です」
「え?それだけですか?」
まぁ、驚くのもわかる。
「ええ、それ以外は上手く年長者が子供たちのまとめ役を担ってくれてますから、教員は年長の子達の手が回らない時や、子供ではどうしようもない問題だけ助けてあげてください」
「随分放任なんですね」
「放任というわけではないんですがね。子供たちも責任感が強いというより、仲間意識が強いんでしょう」
元奴隷として、もっと酷い環境で育った子もいる。お互いに助け合い、年長者は下の子達を守るため、下の子達は、いずれ自分が仲間を守るため、自然とそんなコミュニティが出来てしまうのは、喜ばしいことなのか、悲しいことなのか。
「サージュさん、どうです?今回の話、受けていただけますか?」
「もっちのろんや!!
施設の環境も悪ないし、ウチらの住む家も用意してもろた。子供たちも、ウチが教えるよりよっぽど勉強になるし、ウチも研究に役立ちそうな資料を得られる。
なんも不満はあらへん!」
「そうですか、それは良かった」
本当に良かった。
これでもう、サージュさんは、僕を倒すことができくなったという事だ。
この街は、僕の造った、僕の魔力で回っている街だ。
当然、僕が死ねば街もなくなる。ここだけじゃない。ゴーロト・ラビリーントや、ベヒモスもそうだ。そういう街が全て無くなり、元の更地に戻ったらどうなってしまうか。
街があった国に、難民が生まれる。しかも、『魔王の血涙』に取り残された住人は、下手をすればほとんどが死んでしまう。子供たちもだ。生き残っても、アムハムラ王国でも難民扱い。
街だけじゃない。
ガナッシュ公国は10m沈下し、周囲の国との軋轢が残り、真大陸の物流の中心であった王国空運は、魔力の補充ができないマジックアイテムでは存続も不可能だ。商人達にとっては、折角の物流を潰されただけに飽き足らず、『鎖袋』『転移の指輪』『イヤリング』なんかの商材を補充できなくなる。
これだけ真大陸に不利益があって、喜ぶのはアヴィ教以外にはほとんどいない。
まともな神経をしている相手にとって、僕を倒すことは、何の利益も生まないのだ。
まぁ、それだけじゃちょっと不安もあったけど、サージュさんの連れてきた子供たちも、無事に児童院に入る事が決まったし、これで安心。
いや、別に人質扱いしてるんじゃないよぉ。僕さえ倒さなきゃ、今回の取引はサージュさんたちにとって、利益しかないのは本当さ。




