キアスの影
「しかし、良かったのか?」
ここで、やや難しそうな顔でトリシャが口を挟みます。
「良かったとは?」
「いや、枢機卿派は、魔王に対して歩み寄り、とは言えないまでも譲歩をしようとしていただろう?私達はそれを台無しにしてしまったのだぞ?」
それは確かにそうですが、しかしあの譲歩もどうかと思います。
『魔王の街から輸入されるマジックアイテムの流通を認め、交易を許可する。また、そこに住む事も不問とする』
ただ単にマジックアイテムが欲しいのと、今回の襲撃は自分達ではないと言いたいだけではないですか。
いえ、魔族を認めないアヴィ教にとっては、やはり譲歩なのでしょう。キアスにとっても、それなりの利点はあります。
しかし―――
「ならばその譲歩とやらを甘んじて受けるために、キアス様を傷付け、キアス様の領民を殺したことを黙認しろとでも仰るのですか?」
そう、ですね。
それにこれは、あくまでも枢機卿派の発案であって教会の総意ではありません。その総意すら、今の教会では容易に出せぬ体たらく。決議を待っていては、恐らく発表は来年以降となっていたでしょう。意見が割れるのに、十分な内容ですから。
「しかしなぁ………」
しかし、私にもトリシャの言いたい事はわかります。
あまり勝手をするようでは、キアスの意志が蔑ろにされかねません。レライエには前科すらあるのですから、懸念は当然です。特に今回のような独断専行が続くようなら、キアスへ報告せざるを得ません。
「何にしても、今回の事はキアスに秘密にしておきましょう。出来ることならば、永久に」
「そうだな。私やコーロン、グレモリーはそれなりにリスクのある事だし、キアス様はいい顔をしないだろう。もっと頼ってほしいのだが………」
「妾など、バレたら今度こそ愛想を尽かされかねません………」
「まぁ、そんな事はないけどね。でも分かっているなら何でやったの?」
「それはもう!
怒りがおさめられなかったからです!あの人間共は、あとほんの一太刀でキアス様のお命を奪うところだったのです!!相応の罰は、むしろ当然。いいえ、たかだか組織の中間管理職を屠ったくらいでは、むしろ温いと呼べるでしょう!!」
「うんうん。そっかそっか。まぁそこは、心配かけた僕にも責任はあるし、あまり強弁はできないんだけどさ。
で・も・ね?
オールとタイルが『落書き』で我慢してくれたのに、君達3人が暴走しちゃったら意味ないよね?」
「そ、それは………、確かに………。あのお2人は、恐らくキアス様に復讐の機会を与えるためにも、その程度で矛をおさめたのでしょうし………。
………僕?」
ようやく気付きましたか………。
恐る恐るレライエが振り返った先には、キアスが満面の笑みで佇んでいました。
「やぁ、レライエ。また独断専行したんだって?」
言葉が向けられたのはレライエなのに、私とトリシャの肩がビクリと震えます。レライエ?
振り返った姿勢のままガタガタと震えていますよ。
「いやぁ、困ったなあ。僕は前にも結構キツめに注意したと思うんだけど………?」
ガタガタガタガタ………。
「僕はさ、教会に対してそういうアプローチはしないように心がけてきたんだけど。例えそれ以前に、『街を襲撃する』という非道な行いを受けていたからといって、こちらが報復すればどんな状況だろうとこちらが悪になる。下手をすれば、真大陸最大宗派、アヴィ教の信者を全て敵に回しちゃうからね。
あ、もしかしてわかってなかった?僕はさ、できるだけ犠牲のでない方法をこれまで選んできたんだよ?」
ガタガタガタガタガタガタ。
「そもそも君が真大陸に関わる許可って、僕は出していたかなぁ?
最近、ちょっと甘かった?規律が緩んじゃった?この程度なら大丈夫だと、魔が差しちゃったのかな?」
最早泣き出さんばかりに震えているレライエを見ていられなくなって、私が口を挟みます。
「キアス、レライエは別にあなたに不利益をもたらすつもりではなく、こうして敵対的な教会の内部資料も―――」
「グレモリー、僕は二度と、君達に暗殺なんてさせるつもりは無かったんだけど?」
「うっ―――」
凄いプレッシャーです。
「トリシャ………、君までなんだい?君はレライエやコーロンさんを止めてくれよ。
どうしたって、こんなバカな真似を………」
「す、済みません………」
キアスは深く深くため息を吐き、もう一度私たちを見回すと、
「よし!
やっちゃったもんはしょうがない!」
………………………………え?
「まぁ、誰だって間違いはあるしね。しょうがないしょうがない。
で?取り敢えず状況を確認するけど、枢機卿は全部ぶっ殺したの?だとしたら教会内部の指揮系統に乱れが出るよね。ならその隙を突いて情報操作しようか。
そうだなぁ。北方三国の新聞で大々的に真大陸に長そう。『枢機卿暗殺っ!派閥の乱れが原因かっ!?』って感じにね。
あ、内部資料も見せて。あの偽勇者達の正体もわかるかもしれないし、タイルが喜ぶ。
うわぁー、枢機卿の脱税発見!これも新聞にリークしよっか。だとしたら犯人は内部犯じゃなく、教会の混乱に一番迷惑している一般市民による革命運動でもいいな。よーし、最初は内部分裂の記事、しばらくしたらそっちに切り替えよう!」
「あ、あの………」
いきなり、これからの身の振り方について、のべつまくなしにつらつらと語り始めたキアスに付いていけなくて、声をかけました。
だって、これじゃあ、今までの緊張感が台無しです。
弛緩してしまった空気に、私達も自然と力の入っていた体を弛緩させてしまいました。
「も、もう怒っていないのですか、キアス?」
「ん?怒ってるよ?」
「「「………………」」」
私達3人は再び身を縮こまらせ、レライエなどは再び小刻みに震え始めます。
「でもまぁ、元を質せば僕が原因だしね。大元を質せば、教会が原因だ。
自業自得さ。僕も教会も。
忘れているようだけど、君達は僕の部下であり、家族だ。だからまぁ、部下の失態は魔王の失態。家族の失態は家長の失態。暗殺くらい、さくっと隠蔽してやるよ」
「「キアス様………」」
いやっ、アタシははこの2人と違って常識人だから、今キアスの言った無茶苦茶に感銘なんて受けてねーぞっ!?思わずグレモリーが引っ込んじまったけどよ!
なんだ『暗殺くらいさくっと隠蔽してやるよ』ってっ!?カッコ良くねぇよ!!まんま悪の親玉の台詞じゃねぇか!!
キアス。お前、段々と本格的に悪の権化になりつつあるんじゃねぇか?
「あ、でも3人とも後でお仕置きだから」
やっぱり、絶対悪に染まってやがるぞっ!!




