下らない戦争の始まりかた
「北側各国の動きはどうなっておる?」
「はっ、未だ主な動きはありませんが、例の部隊の工作の情報は広まりつつあります」
「うむ。
ならば国境付近に兵が集まるのも時間の問題だな」
「はっ。恐らくはそうなるでしょう。それ以外に対処のしようがございませんから」
「うむ。
第1殲滅目標はどうなっておる?」
「なにぶん所在の掴めない者も多いゆえ、捗ってはおりません。
所在がわかるのは2名のみですが、いかがなさいますか?」
「ふむ。少ないな………。しかし内1人はそもそも神出鬼没である上、半分を討ち取れると思えば………。
うむ、構わぬ、作戦を実行せよ」
「ははっ」
私は深く頭を下げると、床に着けていた膝を持ち上げ、その部屋を退出した。
ふふん。
下らない。全く下らない。
人間ってのは本当に、どいつもこいつも下らない。
今の男もそうだ。
教皇だかなんだか知らないが、真大陸でトップクラスの地位につき、おまけに真大陸最大宗教の紛れもないトップでありながら、考えている事は俗物そのもの。
要は、唯一無二のトップに就きたいのだ。
他人の事などまるで考えていない。
北側の国々との対立を煽り、おまけに境界となる国の国境付近を荒らしてまわる。当然、その国はある程度戦力を国境に集ざるを得ない。その戦力への対抗措置として南側勢力の国が軍を動かし、強い警戒体制を敷けば、緊張状態を作り上げることかできる。
後はどう転ばせようと自由自在。先に相手が点火するもよし。そうでなければ自分たちから火を付けるまで。
一気に戦争へと雪崩れ込める。
真大陸には未曾有の大戦乱が巻き起こるだろう。
「トロワ、次の仕事は?」
廊下を歩いていると、キャトルが歩み寄ってきて声をかけてきた。鬱陶しい。
「………第一目標の、………殲滅」
「ふむ。我々はどちらだ?」
そんな事は知らない。
たぶんあの教皇も、そんな細かい事は考えていないだろう。そういうのは、あのおっさんの部下、枢機卿あたりが考える事だ。それがあのおっさんにとっての、当たり前なのだ。
「成る程。まぁいい。
アンとドゥーも喜びそうな案件だ。その分手間も少なくて助かる」
フン。どうせ俗物ならば、あれくらい腐りきってしまっている方がましだというのに。
私達は、教会を出て大通りへと足を向ける。
そこで一度振り返り、天高く聳える大聖堂を見上げる。
真っ白な尖塔が、キラキラと太陽を反射して実に美しい佇まいだ。しかしその実、この中身は腐っている。
ドロドロの汚泥のように腐りきった人の心の臭いが蔓延し、その腐臭がさらなる腐敗を招く。
ここだけじゃない。
国なんて、組織なんて、人なんて、おしなべてそんなもんだ。
下らない。あーあ、全く下らない。
「おっせーんだよ、クソキャトルにクソトロワ!俺様の為に流れてる貴重な時間を、一体テメェらは何の権限があって浪費してくれてんだ、コラ?」
「アハハハ。ドゥーはぜーんぜん待ってなぁい。なんなら帰ってこなくてもいいよぉ」
高級と言って何の差し障りもない宿の一室は、そんな肩書きに反逆するような酷い有り様だった。
壁の至る所は壊れているし、ベッドからは綿と羽毛が溢れていて、床にはそれ等に加えて食べ残した食事の残骸が散見していた。
「お前らには綺麗な環境で生活したい、という欲求は存在しないのか………?」
キャトルが呆れたように言い、肩をすくめてため息を吐く。
「うっせーんだよ、クソボケキャトル!!
お前が遅いから部屋がこんなに汚れたんだ!つまりこれはお前のせいだ!」
「キャハハハ!!そーだそーだ!」
「お前らにまともな感覚があると期待した、俺が馬鹿だった………。トロワも何か言ってやれ」
「………………」
別に何もない。特に興味もない。
この部屋で寝たからとて、別に死ぬわけではない。
それにどうせ、事態の収拾は教会がつける。私には全く関係ない。
「………………」
「はぁ………、やはり俺が馬鹿だった」
「やーい、バァーカ、バーカ」
「うふふふ。バーカ、バーカ」
調子に乗った馬鹿2人を無視して、キャトルは事のあらましを説明した。付き合ってたら、貴重な時間とやらはいくらあっても足りない。
「―――そういう事だ。
恐らく明日には正式な命令が出る。今の内に出発の準備をしておけ」
「そうか。なら準備をしておけ。お前がな!
ギャハハハハハ!!」
「アッハッハ!
アン、おもしろー!」
あー、なんか無性にこの2人を殺したい。面倒くさい。
作戦の内容からして、ゴネられる事はないと楽観していたが、極まったテンションが心底鬱陶しい。
「あ、そーいえばアレどうなったんだよ、キャトル?」
早速自分の使うスペースを片付けながら、出発の準備を始めるキャトルに、アンが要領を得ない問いを投げ掛けた。
「アレとは何の事だ?」
「はぁ!?魔王の町に向かった連中の事に決まってんだろうが、この無能!
あれから全く話を聞かねーぞ?」
「俺が無能なら、お前は無脳だ。
魔王の町には、全域に『非殺傷結界』が張られているらしくてな、破壊工作が出来なかったそうだ」
「うわーっ、しょっぺー!!それですごすご帰ってきたのかよ?」
「いや、『奥義』の使える兄弟を呼び寄せた、という話しだ」
「だから最初から俺様達を呼べば良かったんだよ!!『奥義』なら、ドゥーやトロワが使えんだろが!!」
「俺に言われても知らん。文句があるなら、教会に言え。粛正なら俺が請け負ってやる」
「ケッ。あーあー、つっまんねーなぁ!」
自分の周りだけそれなりに片付けて、大方の準備も終えたキャトルが、片膝を立てて絨毯の上へと腰を下ろした。
この絨毯も、恐らくは庶民の生涯賃金を遥かに上回る価値がある物だろうが、二度と客前に出されることはないだろう。そこら中ベタベタで、正直触りたくもない。
「そんな事より、今日は早く休めよ。もし明日命令が出れば、その足で行くんだからな?」
「ん?おぉ、そうか!!そうだったそうだった!!
次の任務はマジで面白そうなんだよな!な?なっ?」
「むふふー。
どぉかなぁ。現在の実力がどんくらいか、わっかんないしねぇー」
フン。やはりこいつらは鬱陶しい。はっきり言って嫌いだ。殺したい。
だが、もっともっと世界を醜く塗りつぶすには、こんなクズ共がいた方が都合が良い。
私は部屋の片隅に立ったまま、目を閉じる。横になる気もしないので、今日はこのまま寝てしまおう。
そう思って意識を手放そうとしていた私の耳に、最後に馬鹿の声が聞こえた。
「明日は、役立たずの似非勇者をぶっ殺すぜ!!」
「風の勇者と火の勇者、どっちが当たるかなぁー」




