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 交渉。天

 『そうですね。

 まずは魔法技術の開示の後の話ですが、こちらから要求するのは魔王金貨100枚と天帝金貨50枚、半白金貨1000枚と白金貨500枚、半金貨10000枚と金貨5000枚、半銀貨は銅貨換算で8000000枚分、交換していただけますか?』


 魔王の1つ目の要求は、思いの外簡単なものだった。しかし、


 「ぬ?多いな………」


 あまりに数が多い。天帝金貨や白金貨、金貨はともかく、銅貨の量が多すぎる。


 だがこれは、ある意味いい条件だ。我が国の貨幣を下落させるつもりなら、その貨幣を集める事に意味など無い。おまけに、等価値の交換ならこちらが下手に出たとは捉えられないだろう。


 問題はやはり、8000000という数か。最悪、新貨幣を発行して銅貨の回収に当たるしかない。


 これが繰り返されれば、インフレーションの引き金になりかねない。銅貨の絶対量が減るのも問題だ。


 そういう類いの脅しか?


 「致し方ない。だが、真大陸から銅貨が8000000枚無くなるのは厳しいぞ?」


 一応忠告を加えて、了承を告げた。

 万が一、魔王に事態の理解が欠けていた場合、その割りをくうのは、理不尽なことに真大陸なのだ。


 『あれ?そちらでその分の銅貨を、再発行すればいいのでは?』


 思った通り、拍子抜けするくらい危機感に欠ける返答が返ってきた。


 こちらは術師の数が圧倒的に足りないのだ。8000000などという膨大な数の銅貨の補填は、恐らくあと3代は不可能だろう。


 「こちらでは精々年1万枚がいい所だ。8000000など………」


 理解していないようなので、これ以上無理難題を言われないよう釘を刺す。

 弱味を見せるようで、少し不安だがな。


 しかしこの際、魔王がこちら側の事情に詳しくないのなら好都合。

 この分ならいい条件で、いや、むしろ多少こちらに有利な条件で密約が結べるのではないか?


 『そうですか………。………。

 まぁ、それはあくまで技術の確認の後の話。今はひとまず置いておいていいでしょう。

 では次の要求です』


 魔王も何かに気付いたのか、意味ありげに沈黙してからそう言った。

 当然、この程度の要求では終わらないと予想はしていた。だが、際限なく要求を続けられたら堪らない。


 「次の要求?いったいいくつあるのだ?」


 『ご心配なさらずともこれで最後です。


 こちらの要求は、ダンジョンと天帝国との正式、かつ公式な外交権です』


 「ッ!?」


 そう来たか。

 正式かつ公式、つまり内外に我々の関係を公表するのか。


 世界にとって、これは私の立場を無視し得たとしても大事件だ。




 魔王と人間の正式な交流。




 史上類を見ない大珍事であり、大事件だ。当然世界の反応は、多少なりとも我が国に冷ややかになるだろう。教会など怒髪天を突く勢いで怒り心頭に発するだろう。




 だが、




 「そ、それは………。………しかし………」


 しかし、絶妙な采配だ。

 この条件は、真大陸の他のどのような国にも呑めない、天帝国リュシュカ・バルドラを置いて他に依頼するべき相手の無い案件だ。


 アムハムラ王国では角が立つ。アドルヴェルド聖教国が、魔王と交流を持つわけがない。他の国では最悪の場合、潰されてしまう。ガナッシュの場合のやむにやまれず、というのではなくお互いに了承した国交。そんなものは、武力と、経済力と、影響力で真大陸の頂点に君臨する我が国にしか結べない。


 我が国なら、我が国だからこそ呑める条件。


 おまけに、曲がりなりにもガナッシュという前例があるのだから、真大陸が割れるような事態にはならない可能性は高い。


 しかも魔王は、要求はこれで最後と言った。対等なこの2つの条件だけで、この危機を回避できるなら重畳。いや、望外の幸運だと言っていい。

 しかも今現在、恐らく魔王はこちらの事情に気付いていない。


 その一番の理由は、魔王が真大陸に対して攻撃する事を念頭に貨幣を発行したわけではないことが大きい。我が国の貨幣による攻撃を抑えるため、自らも貨幣を発行したのだろう。


 我が国は攻撃のために貨幣を利用し、魔王は防御のために貨幣を造った。


 故にこそ、貨幣に対する着眼点が違ったのだ。


 この魔王は決して馬鹿ではない。今回の貨幣による牽制や、これまでの動きも、愚者に出来るようなものではない。ただ少し、抜けているだけだ。


 「………しかし………、悪い話ではない、か。………よし!その要求、天帝が承った」


 私は余計なことは言わず、魔王に了承を告げる。魔王が気付いていないなら、今の内に交渉をまとめてしまおう。


 「要求は以上か?」


 『ッ!え、ええ………』


 よしっ!言質は取った!


 この場は私の勝利だ。最上の結果を得られたと言っていい。

 魔王、お前は確かに優秀だが、経験が足りなかったようだな。


 と、ひとりごちていたら、おもむろに魔王が言い出した。




 『何なら、こちらの通貨と交換する貨幣、天帝金貨から銅貨まで、全部こっちで造っちゃってもいいですよ。

 完全にコピーしますから、他人には絶対わからない』




 なっ………。


 冗談のような調子で聞こえてきた言葉。だが、その内容は洒落にならない。


 魔王の提案、それは我が国ではいや、真大陸中でも天帝にしか無い特権、




 造幣権の一時的な委譲。




 いや、強奪に等しい。

 厳重に厳重を重ねて秘匿してきた、我が国の造幣技術。魔王はそれを持っているのだ。


 もしここで断れば、どうなる?


 勝手に貨幣をばら蒔くか?

 こちらにはそれを見抜く術がない。例え、貨幣に違う情報を付与しようと、魔王にはそれを見抜き、完全に真似をして、こちらを完全に上回る生産能力がある。

 何より、真大陸中に出回った貨幣の回収など、我が国にも無理だし、それに代わる新貨幣の製造などもっと難しい。でなければ私が今回、魔王に交渉を申し出た意味がなくなる。




 つまりこれは、釘を刺されたのだ。




 余計なことはするな、と。交渉は譲ってやったのだから、こちらを立てて無駄な奸計を巡らすなと。


 何も気付いていないフリをして、完全に乗せられていたという事か………。


 しかし、その提案の魅力が捨てがたいのも事実。このままでは真大陸の銅貨が8000000枚減ってしまう。

 くそっ、何が要求は2つだけだ!?これが真の目的か!


 「そうか。それは助かるな。正直、銅貨を集めるのにはかなり苦慮する事になっただろう。

 まぁ、あくまでそちらの魔法技術が本物であった場合だがな」


 駄目だ、完全に分が悪い。こちらの造幣能力が低いことも伝えてしまっている以上、断りきれない。回収も不可能ではないが、銅貨を集めた魔王が何をするか。

 もし貨幣を真大陸で使用しなかったり、手にいれた銅貨を鋳潰して使用不能にしてしまった場合、銅貨の絶対量が無視し得ないレベルで減ってしまう。直近の問題にはならないだろうが、時間が経てば表面化しかねない。

 補充には時間と手間がかかるだろう。これから数十年、術師を酷使し続けることを思えば、悪い話ではない。いや、そうなれば真大陸に銅貨が増えすぎる心配があるが、8000000枚減るのは問題だが、増える分には調整もできる。


 だが、一時的にとはいえ造幣権を譲ってしまうというのは、明らかな譲歩だ。

 『ああ、言い忘れてました。交換する通貨は全て魔大陸で使用するので、真大陸の貨幣経済には影響を与えません』


 くっ………。完全に読まれているっ!?

 子供と侮った私の慢心がこの結果を招いたというのかっ!?




 この交渉、私の負けか………。





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