剣王祭。開幕っ!?
「お、出てる出てる。へぇ、銀貨1枚か。安いねぇ」
町には出店が溢れていて、人の波を掻き分けなければ歩けない程だ。フルフルやマルコ、ミュルを連れてこなくて良かった。あいつ等絶対迷子になってたな。
「キ、キアス様っ!!」
ただ、その分パイモンには苦労をかけるけど。女冒険者に変装したパイモンが、大声で人並みをぬって駆け寄ってくる。
大声を出さなければ、まともに会話もできないような喧騒が溢れている。
そんな喧騒の中で、僕は目的の出店を見つける。
『アムハムラ王の伝説。 ドロレス・ブリームス著、トルトカ共和国出版』
すげーな、今ある普通の本より1000分の1以下に値段を抑えたのか。価格破壊ってこういう事を言うんだろうな。
たぶんこれから数年で、本は印刷が手書きに取って代わるだろう。それまでに稼いでもらうためにも、学校の教科書やノートなんかも三国に発注しよう。
普通に教科書を買うより、1000分の1も経費が安くなるなら僕以外にも飛び付く奴は多いだろう。
「一冊くださいな」
「あいよ。お嬢ちゃん、珍しい色の髪だなず」
「南国出身なんですよ。僕の住んでた場所では、結構多かったんですけどね」
「へぇー。南国ねぇ」
銀貨を手渡しながら、店番のおっさんと世間話を交わす。まぁ、僕が言ってるのは全部嘘だけど。
「南国のどこさ?」
「アルバン諸王国のレミリムです。あ、もしかしてアヴィ教徒だと思って警戒してます?」
「いや、おらほはトルトカ人だず。アムハムラ人程教会を毛嫌いしてねぇよ。まぁ、レミリムはアヴィ教の勢力圏でねぇから関係ねぇけどな」
「ですねぇ」
より、パイモンも追い付いてきたし、ここらで引き上げるか。いい情報も手に入ったし。
「じゃあね、おじさん」
「はいよ、毎度あり」
出店から離れ、角を折れたところでパイモンが耳打ちしてきた。
「先程の店番、かなり身のこなしが洗練されていました。ただ者ではないかと」
「おぉ、パイモンも気付いた?
僕の場合は身のこなしで気付いたわけじゃないけどね」
アルバン諸王国は、小さな島国が集まって出来た国家だ。その中のレミリムという国は、宗教を禁じている国だ。かつて多くの宗教紛争で傾いた事がある国で、だからアヴィ教も含めていかなる宗教も存在しない国なのだ。
しかしこんな情報、北国のトルトカではほとんど知られていないし、情報に長けた商人ですら知っている者はどれだけいるかわからないような事柄である。
諜報関係の人だったんだろうな………。まぁ、色んな国から人が集まるこの機会を、諜報機関が見逃す筈はないか。店番がてら雑談するだけで、結構な情報が得られるからな。現地まで足を運んで調べるより、何倍も安上がりな諜報活動だろう。
北側三国はこの本の出版を皮切りに新聞業を始めるわけだし、それくらいの措置は当然だ。むしろそうでなかったら、僕はあの王達に幻滅する。
「僕らに害はないよ、放っておいていい」
「はい」
そう言うと、パイモンは元の姿勢に戻って僕のとなりを歩く。
さ、次はネージュとガオシャンのも買わなきゃ。フォルネゥス喜ぶぞ。
「意外と見つからないもんだなぁ………」
アイールの町は、首都だけあって結構広い。今日はその町全域がお祭り状態なんだ。探すのにも骨が折れる………。
「あっ!あの出店はキアス様のお店ですね!」
相変わらず、大声でないと会話もできない雑踏で、しかしパイモンはそれ以上にイキイキと大声で話す。
パイモンが指差した先には、黒い学ランの上から防寒着を着込んだ店員が並ぶ店があった。
「行ってみるか?」
「はいっ!!」
まぁ、僕が用意した商品を僕が見ても仕方がないけど、とりあえず売り上げの状況とか確認したいしね。
「あ、でも僕今変装してるから、『キアス』って呼ばないでね。ウァプラだからな」
「了解しました、ウァプラ様」
じゃあ、冷やかしだけってのも困るな。何か買ってパイモンにプレゼントするか。
「いらっしゃいませー!!」
うん。元気のいい挨拶だ。商売は1に笑顔、2に元気、3、4がセンスで、5に気合い、だからな。
「いらっしゃいませ!ウチは色々な国の楽器を取り揃えてますよ!」
「簡単な打楽器から、各種吹奏楽器、弦楽器。お手頃なお値段でご用意してあります!」
うん。セールストークも教えた通り。いやー、なんか弟子の成長を見守る師匠の気分だな。
ただ、やっぱりあまり売り上げは良くないな。馴染みのない楽器って、手を出しにくいからな。もう片方の各国の防寒着を売っている店の方が売り上げは良さそうだ。
「そこの弦楽器と打楽器をもらおうかな」
仕方ない。ちょっと弟子達を手伝ってやるか。
僕はバイオリンに似た楽器と、小さなティンパニのような楽器を買う。
「パイモン、打楽器は任せた!」
「えっ!?わ、私に楽器は」
「大丈夫大丈夫。なんとなく好きに演奏すればいいから」
「し、しかし………」
「いいんだって!音楽ってのは楽しむためのモンなんだから、楽しければなんだっていいの!」
なおも自信なさげなパイモンを置いてきぼりに、僕は弦に弓を乗せる。
万人受けする曲がいいよな。だったら………。
『パッヘルベルのカノン』
まぁ、ほとんどソロだけど。
「わぁ………」
和音がほしいよなぁ、やっぱりさ。あ、この曲で打楽器ってちょっと無理があるか?やっぱ違う曲にしよ。
「「「あ………」」」
『あ』?
見れば、結構な人数が注目していた。確かにこの雑踏で、いきなり音楽が聞こえてきたら注目も浴びるか。
「あ、あのっ」
店員の1人、ベネッサが声をかけてくる。
「もし良かったら、もう少し演奏していただけませんか?もちろんお金は出します。上役に掛け合って、もしダメだったら私の給料から出しますから!」
ふむ、ベネッサは中々鋭いな。この実演販売の利点に気付いたか。しかも、独断で僕からの給料を約束しなかったのも好感が持てる。この場合は、僕なら事後承諾でも問題ないけど、もし末端が目先の利益に目が眩んで大元に損害を与えるような事があれば、僕だって色々考える。その点で彼女には花丸とボーナスをやろう。
「ま、元々ただのお遊びだしね、お金は要らないよ。じゃあパイモン、適当に入ってきてね」
つっても、これにティンパニでどうはいればいいのか、僕にも全然わからないけど。ぶっつけでもわりと何とかなるだろうと思って打楽器を選び、初心者用のこの曲にしたのが間違いだったか。
今からでも『ワルキューレの騎行』に変えない?