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 災厄の対処法

 前言を翻すようで全くもって情けないのだが、もしかすれば小生の『最悪の一日』はまだ終わっていなかったのでは、と思ってしまう。


 いや、前述の通り『最悪の一日』はその期限を『一日』に区切っているのだから、今日が今日である以上今なお『最悪の一日』であるのは当たり前とも言えるのだが。







 空から降りてきたのは、天使ではなくよくわからない円盤だった。いや、これではそれについて十全に説明したとは言い難いな。巨大な円盤、あのバハムートでさえ一口では呑み込めないのではないかと思えるほど巨大な円盤である。


 もしや月が落ちてきたのではないかと思ってしまった小生を、どうか笑ってやってくれ。


 そして、その円盤から数々の小さな空飛ぶ船が離れ、町へと降りてきた。


 小生もにわかに外へ飛び出し、その空からの訪問者を見に駆けたのである。


 だがこの時、小生が予測した事を忘れていたのである。いや、生存の喜びと神秘的なあの光景に忘却させられていたと言っても過言ではないだろう。


 可能性を考慮していたにも関わらず、それを失念していたなど小生にとって一生の不覚である。今日は一生の不覚を二度も覚えるという、稀有な一日だ。


 ともあれ、そんな輩は小生だけではなく、老若男女問わずその飛行体に向かって行く者は多かった。いや別に、他者に紛れることにより、自らの愚かしさを誤魔化すつもりはない。小生は愚かであったし、考えなしであったのも揺るがぬ事実である。しかし、町の住民からすれば、バハムートを屠り、天から舞い降りたあの円盤を救世主のように思ってしまった事は非難されるようなものでもない筈である。

 そして小生も、その思いは少なからずあったのである。


 いや、やはり逃げているような物言いになってしまうな。しかし偽らざる本音を吐露するならば、小生とて生への執着くらいあるのだ。絶対的な死を目の前に、それを阻んでくれた者へと好意的な目を向けるのは、しかし仕方がないことであろう。


 と、論点をずらしたところで、その飛行体からゾロゾロと降りてきた魔族に、住人と一緒になって言葉を無くした小生には、やはり愚か者の烙印こそふさわしいだろう。







 誰も逃げ出したりはしなかった。


 恐怖がないと言えば嘘になるが、それ以上に状況は混沌としていた。


 あのバハムートを魔族が倒した。


 ならば彼等はいい魔族か?いや、そもそもなぜ魔族がここにいる?当たり前の事だ。ガナッシュ公国を攻めるためだ。それが過去の話であるか、未来の話であるかはともかく、ならばわざわざ地上に降りてきたのは、小生たちを殺すためか?いや、そんな事をしなくても、バハムートに任せていればこの町は全滅していた筈だ。魔族たちはその後にバハムートを倒せばいいだけの事である。


 疑問は尽きず、答えはない。それがこの、沈黙の対面の状況を作っているのである。と言うより、何故か円盤から聞こえる音楽に気を削がれてしまっている、というのもあるだろう。


 全く。いい音楽じゃないか!!


 『やぁ、人間の諸君。第13魔王アムドゥスキアスだよ』


 緊張感の欠片もないような、ただの子供がふざけているような声が、円盤から大音量で聞こえてきた。


 『とりあえず安心してくれ、僕らは君たちに危害を加えるつもりはない。

 怪我人がいるならば助けよう。人手が要るならば手を貸そう。腹が減っているなら分けよう。

 僕らは君たちを助ける用意がある』


 なんの冗談かと思った。これは小生だけの疑問ではないだろう。ここにいる全ての者が思った筈である。

 魔王が人間を助けるだと?そんなものはおとぎ話ですら聞いた事がない。


 『ただし―――』


 魔王は続ける。


 『差し伸べた手を払うのも君たちの自由だ。その場合、僕らは早々に退散しよう。

 ただ僕は、君たちがこれから自らの不幸を憂う事になったとき、それを見て見ぬフリをしたという事実が残るのが嫌なんだ。つまりはただの自己満足であり、僕のワガママだ。


 だから強要もしないし、これ以上は何も言わない。


 さぁ、どうする?』


 成る程。

 これは第13魔王の性格なのか、それとも人間の意識を魔王に対して肯定的にしたいがための工作かはわからないが、そんな事は今はどうでもいい。


 小生は町長がいる一角へと駆け寄ると、すぐにその提案を飲むように忠告した。


 彼らに、この町を攻撃する意図がない事はすぐにわかる。そしてこの町は今、まともに機能しているとは言い難いのだ。国や領主の支援がいつになるかわからない現状で、この提案はリスクがあろうと飲むべきである。


 小生程度の意見で町長がその意思を決めたとは考えにくいが、果たして魔王からの支援を受ける事に決まったのであった。







 知識は本の中にはない。


 などという言葉もあるが、今日ほどそれを実感した事は今までなかった。


 魔族たちは、こちらの救援要請を受けるとすぐに動いてくれた。


 まずは怪我人の救助と手当てにあたってくれたのである。バハムートが近付く際に、歩く振動だけで倒壊してしまった建物や、一部喰われてしまった箇所もあり、これには種族など関係なく感謝の一言であった。騎士団が逃げ出してしまったこの町には、現状で魔法が使える者がほとんどいない。かすり傷程度を治すのがやっとの術師すら、片手で数える程度しかいなかったのだから、それを大幅に補ってくれたのは実にありがたい。


 そして、魔族の人間とは隔絶した身体能力は、この場合救助活動に絶大な効果を発揮したと言えよう。魔法を使える者が多く、重い瓦礫も軽々と持ち上げる魔族。昼もやや過ぎた時間から始まった救助活動は、夜を待たずして終わりを迎えたのだった。


 まぁそれは、バハムートに呑まれた後は綺麗さっぱり何も残っていなかった、というやるせない理由もあったのだが。


 しかし、本の知識ではまるで魔物と同じように人間を襲う事しか考えていないと言われていた魔族が、人間を襲うこともなくその命を助けてくれたのは新鮮な衝撃だった。


 いやはや、小生の見聞など、いかに狭い視野のものだったのかと痛感させられた出来事だった。町の住人もまだ魔族に怯えている者もいるが、大半は好意と感謝を抱いているのだろう。中には面と向かって礼を述べている者もいるのだから。







 食料の問題はしかし、それに比べて深刻だった。勿論。いや、勿論などという言葉はこの場合正しくなく、こんな単語を使っただけで恥知らずの謗りは免れないのだが、魔王の厚意で食料を援助してもらい、今日明日を飢えて迎える事はないだろう。

 ただ、この町の農耕地帯は先程バハムートに巨大な穴にされてしまった。

 国や領主の援助を期待するべきなのだが、この町の住人は騎士団の一件もありそれにすら懐疑的になってもいた。小生も、正直なところどれ程の援助が期待できるのかと考えると、新たな農耕地を開墾し、定期的に収穫を見込める段階に辿り着くまでに、町の住人の半数は飢えて死ぬと思う。

 壊滅しかけた町のために、そのような莫大な予算を投じるほど、この国の国主は博愛主義者ではない。


 途方に暮れる、とはこの事である。多くの人間の生死がかかる問題に、小生は明確な答えを出せずにいた。


 「よぉ、あんたが町長さん?」


 そいつが現れたのは、そんな時だった。




 最悪な一日を締め括るに相応しい、最悪な奴。





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