信じられるか?これ、かつての勇者の姿なんだぜっ!?
「キアスさん!おはようだぜ!」
かしましくも騒がしい声に、僕は目を開けた。
「あははは、一番乗りぃ〜♪最近マルコやウェパルに先越されてばっかりだったからな!」
そう、僕は今目覚めた。いや、別に新たな能力やなんかを覚えたわけではない。文字通りの覚醒。起床である。
ああ、勘違いするなよ?別にレイラと同じ床に就いたわけじゃない。僕は今だに汚れなきチェリー、彼女いない歴半年である。
「レイラ、僕の睡眠時間はお前らの目覚まし合戦のせいで、日に日に前倒しされて行く起床時間に圧迫されっぱなしなんだよ………。頼むから、交代制にしてくれ………。
そしておはよう」
朝の挨拶の前に小言を言ったのは、生まれて初めてである。しかし、下手をすれば前倒しされ続けた挙げ句、天辺を回って後倒しになりかねないので切実だ。
「おう!おはよう!」
ぜってー聞いてないな、お前?
「おはようございます、キアス様」
「やぁキアス殿。ふふふ、眠そうだな」
「アルトリアさん、アニーさん、おはよう。2人とも早いですね」
僕らが部屋から出ていくと、リビングのテーブルではアニーさんとアルトリアさんが優雅に朝のティータイムを楽しんでいた。僕としては、朝は牛乳が飲みたいな。今まで一度も見たことないけど。つーか、牛乳だけじゃなく乳製品を全然見ないな。
チーズの無い世界って、生きていく意味あんの?
そういえば、この時間だとパイモンはダンジョンだな。最近は早起きのせいで、朝食の前に軽食が必要になってきてるし、食べれる魔物を狩ってきて欲しいところだ。
「………おはよ………」
普段より3割り増しで静かな声で、ミレが部屋からのそのそと出てきた。この子はどうやら結構な低血圧みたい。
僕、アニーさん、アルトリアさん、レイラがババ抜きをしているリビングには、起きてきたマルコと狩りから帰ってきたパイモン。朝から仕事に励むウェパルが揃っていた。因みに、フルフルは起きてすぐ風呂へ行き、ミュルはまだ寝てる。そう考えるとミレは結構な遅参だが、時間的にはまだまだ早朝である。この集合率の方がややおかしいのだ。
「………ウェパル………、………今日は………?」
「ダメでした………。レイラさんに先を越されちゃって………」
「………明日はもっと早起きすればいい………」
「はいっ!頑張ります!」
全員が一通り挨拶を返すと、ミレはウェパルに話しかけていた。僕の知らないところで、この2人は仲良くなってたんだよな。っていうか、なんか不穏な言葉が聞こえなかったか、今?
「やった!やーい、キアスさんババ引いた!」
「あ、くそっ!油断した!」
「うふふふ。珍しいポカですねぇ」
「それよりキアス殿、ポマックさんはまだだろうか?彼女が来ないと朝食が………」
「ふぁぁあ〜………。お、今日もみんな早いな」
「馴染みすぎだろ!!!!」
ようやくシュタールが起きてきた時、僕は魂の叫びをあげたのだった。
「なんだよキアス?大声出して」
「そりゃ大声も出すよ!
僕は魔王だぞ!?ここは魔王の住み処なんだぞ!?なのに何だこの空気?勝手知ったる他人の家でだってもうちょっと謙虚に振る舞うだろっ!?」
『僕は魔王だぞ』という言葉も、口にしてしまうとなかなかどうして面映ゆいのだが、事実なので表情には出さない。
いや、別に何が悪いわけでもないんだけどさ、君たち勇者とその仲間だろ?いいのか、これ?
あのガナッシュの一件から1ヶ月。なぜかこの人たちは僕の住むこの神殿に住み着いて、昼はダンジョン夜はここで過ごすという生活を送っていた。
いや、意味わからん。お前らが日々挑んでるダンジョンの終着地点がここなんだぞ?
僕がそのように気勢をあげるのもなんのその、ポマックおばさんの作った料理を今日も朝から大量に食していたアニーさんが、当然のように言うのだった。
「仕方あるまい。私が何度かキアス殿の住んでいる場所に訪れたことがあると言ったら、レイラやアルトリアが連れてけとうるさかったのだ」
「だったらすぐ来てすぐ帰りなさいよ!何でそのまま居ついちゃうんですか!?」
「だってよー、一度ここの暮らしを知っちまったらもう元の暮らしになんて戻れねーって。何だよ、あのトイレ?ソドムの水洗トイレにだってアタシは青天の霹靂の思いだったってのに、あの『うおしゅれっと』って別モンだろ!?マジでたかがトイレになんつー機能を付けてんだよ!?」
「お風呂も素晴らしいですよねぇ。一度入った故国の王宮にあった大浴場が、陳腐な大衆浴場に思えますもの」
「………魔大陸の食べ物………」
そうなのだ………。僕が魔王であることがこの人たちにバレてしまった一ヶ月前、大した問題やわだかまりもなくよく分からない内に住み着いたこの勇者一行は、ここの生活水準の虜となってしまったのだ。最初の内は、まるでウェパルがここに来たときの焼き直しを見ているようだった。
まぁ、わかるけどね。僕だってここを出て、外の水準での衣食住なんてとても耐えられないと思うし。
でもさ!
でもだよ?ここってクルーンすら入れない、言わば僕のプライベート空間なんだよ?オークやゴブリン達も、ウェパルやコーロンさんの前例があるからって受け入れんの早すぎだろ。人間と魔族として、少しは拒絶反応を見せろよ!それにエレファンやタイル、オールなんかも来る場所で、鉢合わせしたりしたらホント、どうするつもりなんだよ!?ケンカなら外でやれよ!?僕や住人を巻き込まない場所で!!
「キアス、それより俺は朝メシが食べたい」
「いや、特にお前だよシュタール!!僕が魔王と知って、何ですぐにいつも通りなんだよ!?もっと葛藤しろよ、悩めよ!!
何一番ぐっすりと惰眠を貪ってんだよ、春眠暁を憶えずなんだよ!?今は秋だよ!!お前が居ることで風呂の時間が男女別になるんだよ!!帰れよ!!」
一日の疲れを癒す僕のお風呂タイムが台無しじゃねーか!!
「はぁ………?ところで今朝の献立なに?」
「聞けよ!!お前ホント、人の話聞かねーな!頼むから一分くらいまともに会話を成立させてくれ!!」
「俺、バカだから悩むのとかメンド臭ぇ」
「で、終わりっ!?」
もう意味がわからん!!これ、外部に漏れたらどんだけ大事になると思ってんだ、お互いにっ!?
「だって魔王っつってもキアスだし、キアスはダチだし、魔王だっつってもコションなんかみてーにムチャしねーし」
「いやいやいや、お前ガナッシュで何を見てたんだよ?僕、結構無茶したぞ?無茶苦茶だったぞ?」
「あれはだって、あっちがケンカ売ってきたのをキアスが買っただけだろ?」
「簡単にまとめちゃった!?いいの、勇者がそれで!?」
「だからさ、魔王とか勇者とか関係ねーんだって。ホント、どーでも良いんだよ。俺なんて、勇者とか最初からやる気ねーし、教会からも破門されたし、キアスだって全然魔王っぽくねーじゃん。
いいんじゃねぇの?たまにはこういう勇者と魔王がいても」
これだ………。
とどのつまり、こいつの理論のりの字も、論理のろの字もない思考こそ、僕の最も苦手とするところなのだ。
いっそ、ここレベルの家一軒作ってやるか?それでも絶対出ていかない気がするけど。
「そろそろ一分?メシ食っていい?」
よし!魔王と勇者の最終決戦を、今始めようか!