ダンジョンの魔王
「国を持ち上げる」
そう聞いてまず思い付くのは、経済の発展ではないだろうか。いや、それは必ずしも我等のような国政に関わる輩だけの認識ではないだろう。庶民であろうと、兵士であろうと、まさか文字通りの意味で『持ち上げる』事だとは思うまい。
であれば、ここで驚嘆すべきは魔族の中でもアムドゥスキアスの発言に平静を保つ少数の輩である。
彼らは、アムドゥスキアスの発言を真に理解した上で、それでなおそれを当然の事のように許容したのだから。一体今まで彼らは何を見てきたというのか………。
アムドゥスキアスはこちらの反応を気にも止めず、混乱する我らを無視して胸ポケットから取り出した板を相手にブツブツと話し始めた。恐らく通信用のマジックアイテムだろう。豊富なマジックアイテムを駆使する魔王である。
「コストはできるだけ少ない方がいいよな。となるとまともなトラップは使えないな。んでドロップアイテムも無し。魔物も自然発生以外は生む必要はないな」
『それでもそれなりのコストは覚悟しなければなりませんね。何せ国を丸々一つ分ダンジョンに組み込むわけですから。いっそ、真大陸侵略用の拠点としてしまえば良いではないですか?』
「やめてくれよ。僕はそういうやり方、好きじゃないんだっての」
『知っています。であれば、いっそ強力なダンジョンにしてしまえばよろしいかと』
「コストがかかりすぎるっての………」
『おや?マスターは事ダンジョンの創造において天性の才があると思っていたのですが、どうやら私としたことが買いかぶりだったようですね。無酸素回廊、飢餓迷宮、半人工発生型ポップスポット、攻略難度を上げる構造、ダンジョンにおける知恵は、この私をして舌を巻かざるを得ないと思っていたのですが、誠にお恥ずかしい限りです。
まさかこの私があなたの無能さを見誤るなんて、本当に情けない事です。面目次第も無いとはこの事ですね。深く陳謝します。
はぁ………。
であるならば、適当な役立たずのただの通路でも造って終わりで良いでしょう?
あーあ、久しぶりにマスターの鮮やかなダンジョン作製が見たかったなー。あ、これは独り言なのでお気になさらず。ささ、どうぞどうぞ、ダンジョンマスターの名に恥じない『ただの通路』をお作りください』
「………………」
『ほぅほぅ、成る程成る程………』
「………………」
『ま、まさかそんなっ!?』
「………………」
『なんという奇策………っ。このアンドレアルフス、脱帽の限りです』
「うるさいよ!!なんなんだよさっきから棒読みで!?」
『最近登場回数が減ってしまったので、自分のキャラを忘れてしまいました』
「おいやめろ」
『あーあ、レイラくらいキャラを二転三転できれば、私も登場回数が増えるのかなー』
「マジでやめてください………。そういう発言を処理できる程僕のスキルは高くないんです………」
………………。
儂らは今、何をしていたのだったか………。この後どんな顔をしてアムドゥスキアスと向き合えば―――いや、よそう。余計なことを考えるのは。
「どう?僕の造った『ただの通路』は?」
『………流石、とだけ申しておきましょう』
やがて、板とのやり取りを終えたアムドゥスキアスが2回その板を叩いたとき、それは起こった。
異音が聞こえるわけではない。揺れも感じない。見える景色にも取り立てて変化は無かった。
だがしかし、明らかに異常が起きていた。異変が起きていた。
なんと言えば良いのだろうか?何かに体が持ち上げられる感覚、とでも言おうか。それとも、大地が離れる儂らを引き留めるように引っ張られる感覚、ゆっくりと空に浮く感覚、何と言って良いのかわからないが、明らかな体で感じる異常はそれしかなかったのだから、そう言うしかない。
それはどうやら儂だけではなく、大臣、貴族、騎士たちや魔族までやにわに動揺し始めた。泰然自若としている者は先述の少数の魔族だけである。
オーガと仮面を着けた者、あとはよくわからない子供たちである。
「いやー、久しぶりにエレベーターに乗った気分だね」
「何をなさったのですか?」
何やら楽しそうに語るアムドゥスキアスに、儂は恐る恐る尋ねる。
いや、この時儂には『何が起きているか』についてはわかっていたのかもしれない。アムドゥスキアスの発言、そして先程の感覚。判断材料は揃っていたのだから。
ただ、信じられなかっただけなのだ。
まさか―――
「別に。ただちょっとこの国を10mほど持ち上げただけだよ」
相も変わらず軽い調子で答える魔王に、それでも理解の追い付かない儂は言葉に詰まってしまう。
「この国の地下にたった今、ダンジョンを造りました。ああ、事後承諾になったけど、僕のダンジョンに通じる転移陣は戦闘開始前に仕掛けちゃってたので悪しからず」
正直に言おう。さっきからこの魔王の言っている言葉が、さっぱり理解できない。
「ただ、そこに入るのはあまりお勧めできないかな。僕の今まで造ったダンジョンと違って、あまりに恩恵が少ないからね。勿論、客引き用の『餌』は用意したけど、それはあくまで『餌』だからね。死者を量産しないためにも、軽々しく中に入らないよう国をあげて忠告しておいてほしいかな。まぁ、それでも入りたくなる『餌』だから、それなりに被害は出るだろうね」
わざと理解させないように喋っているとしか思えないが、どうやら危険な物のようだ。そんな物を作ってくれるなと言えない、我が身の不明を恥じるばかりだ。
「周囲の国が『餌』に釣られて国力低下したりしたら、マジでウケるけどね」
笑えない。少なくともそんな無邪気には、とても笑えない話だ。
それはつまり、そのダンジョンとやらに大量の亡者を生んだ後の話だからである。
後日。
それはつまり、アムドゥスキアスが攻めてきて、我が国が敗戦し、様々な条件を突きつけて帰っていった数日後である。
我が国が隆起している事実が確認された。
国境に沿って、我が国だけが周囲の国家から孤立してしまったのである。まさにアムドゥスキアスの思惑通りである。
これで我が国はアムドゥスキアスの言葉通り、空を通じてアムハムラ王国との通商条約を結ばねば、国家として立ち行かなくなる。つまり教会勢力とは反対の勢力に依存することになり、その勢力圏からの脱却を余儀なくされたのだ。
やってくれる………。
そして何より始末に負えないのは、奴の言っていた『餌』の存在だ。
隆起した国境の一角に、ダンジョンの入り口はあった。我が国ではなく周辺国へ向けて口を開いているその入り口は、確認できただけで既に3つある。まだまだ出てくるかもしれないのだが、その扉を開けた光景こそ、奴の言っていた『餌』なのだ。
早馬を走らせてこの緊急事態を伝えてきた兵士の報告はこうだった。
『500m程の奥行きがある通路は、その最奥に黄金の武具が鎮座してあり、確証はありませんがオリハルコン製の物かと。
潜入した者は帰ってきていませんので、確かな事はわかりませんが』
儂はすぐさま大公として、軍事統帥権を持つ者として厳命を下したのだった。
「以後、二度とそのダンジョンに関わることを許さず、部隊を先導してこれを試みた者は厳罰に処す」
これは、あまりに大きすぎる『餌』ではないか?




