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 規格外の魔王

 チン。


 魔王の持つ金と銀の剣が、可愛らしい音をたてる。

 大きく湾曲した2振りの不思議な剣は、まるでそうあつらえたかのように儂の首を迂回して合わさっていた。これでは前に動こうと後ろに逃れようと、儂の命はないだろう。つまり生殺与奪の権を奪われ、身じろぎ一つできない。


 「僕にあんたを殺すつもりはない。でもそれは、あんたの替わりを探すのが面倒くさいってだけの理由で、ほんの少しでも、一欠片でも、微塵にもあんたの存在が煩わしくなれば、即座に排除するつもりだ。

 それを理解してから、僕の要求を聞いてよね?」


 魔王の顔は、笑っていた。


 最初から儂の命など助かるなどとは思っていなかったが、しかしやはりこの状況でも落ち着いていられる程、大きな器を持っているわけではない。もしそんな物を持っていれば、このような亡国の危機も回避し得ただろう。


 「わかりました。民の命さえ守っていただけるのであれば、こちらからは他の望みなどありません。どうぞ、ご存分な裁断を」


 「はぁ………。別にあんた等の命なんて要らないよ。処刑なんて時間の無駄だし、あんた等の替わりを探すこっちの身にもなってくれっての」


 「先程から、陛下は『替わり』と仰られますが、まさか征服後もこの土地の管理を我々に任すおつもりですか?」


 そんな事をすれば先はどうなるか、予想するまでもないのだが………。


 「だから、まずその征服ってのが面倒くさいんだっての。しないしない。つーか、こんな『魔王の血涙』から離れた、人間の国に囲まれ、人間しか暮らしていない土地、本当に管理できるとでも思ってんの?反乱、戦争、サボタージュ。最低の未来しか予想できないっての」


 「ちょっと待てキアス!せっかく勝ち取った領土を放棄するというのか!?こちらとてそれなりに被害は出ているのだぞ?」


 道化師の魔王、クルーンがこちらに駆け寄ってきた。


 「被害って………、あれだけ安全措置を講じてたのに、どれだけ出たんだ?」


 「む、バルム、何人だ?」


 「我が隊の死者は一名だ。キアス様の命に背き、民間人に手を出そうとした者を部下が討った。人間の咎ではないし、それ以外は軽傷者が幾人か出たばかりだ。

 それと、私はキアス様の配下だ。貴様が命令するな」


 クルーンが話を振ったグリフォンは、なぜかクルーンを蔑むような目で見ていた。


 「こちらは命令違反者は出ませんでしたが、重傷者がいくらか出ました。キアス様のお陰で落命はしていませんね。実質被害は0です。クルーン様、バルムとてグリフォンです。彼は主に誇りを持っているのでそれを蔑ろにキアス様の頭越しに命令するのは控えた方がよろしいかと。無論、それは私にも言える事ですが」


 ヘクトアイズもまた、クルーンに対してあまり好印象は抱いていないようだ。だが、アムドゥスキアスに対しての忠誠は高そうであり、これが付け入る隙にはなりそうにないか。


 そんな事を思っていたら、オドオドとラミアが前に出て口を開いた。


 「あああ、あの、こちらは聖騎士の人に、そ、その、3人討ち取られましたっ!ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!即死だったので、キアス様のお力でも………」


 やはりオドオドとどもりながら報告するラミア。それに対するアムドゥスキアスは、やや苦笑しつつも穏やかな口調で答えた。


 「まぁ、そいつ等は僕のために死んだのだから、後で何かしらの報奨を出そう。ちゃんと出自と名前を調べておいてくれ」


 「ごめんなさいっ!!バルムさんやロロイさんは、キアス様の兵を減らさなかったのに………」


 「いや、相手は聖騎士だったからな、仕方がないさ。だから何度も何度も謝るなよ、お前は今は一応隊長やってんだぞ。部下に情けない姿を見せんな」


 どうやら、彼女もアムドゥスキアスの将のようだ。やはり、この戦の主導権を握っていたのアムドゥスキアスに間違いないようだ。クルーンの方が先達なのだが、なぜこの二人が共闘しているのかはやはり謎だ。


 「だそうだ。被害は4名。まぁ、こういうのは数じゃないってのもわかるけどな………。

 だったらお前が管理してみるか?今回みたいなヌルい戦闘でも、ウチの領地は機能が麻痺しかけてんだぞ?これからずっと荒れる事が決定していて、それでも欲しいってんならお前にやるよ、この国。好きにしろ。討たれても知らないけどな」


 「………………」


 やや俯いて無言のクルーン。その頭を帽子越しにポンポンと軽く叩いて、アムドゥスキアスはこちらに向き直る。


 「失礼。こちらのせいで話が逸れたね。続けようか」


 儂は、軽く首を振ってアムドゥスキアスに向き合う。


 我が国にとっては幸いだが、これは真大陸全体では由々しき事態だな………。


 確かに、この土地を魔王が支配するのは厳しい。しかし、歴史上魔王はそんな事に構って行動したりはしなかった。武力でもって攻め、恐怖によって支配するのが魔王が魔王たる理由でもあったのだ。その意味で、クルーンが述べたのは魔王としてはある意味正道な意見でもあったはずだ。


 しかし、アムドゥスキアスはそれを由としなかった。


 支配するリスクとメリットを天秤にかけ、そのバランスがとれないのならば自らに有利な講和条約を結んで、それでも国は取らないという恩を着せつつ儂らを傀儡にする方が得策と考えたのだろう。


 全くもって恐ろしい。


 実行支配していれば、この土地は真大陸の国々にとって格好の的になり、いずれは奪還されたであろう。しかし国は残り、我々は殺されず、これからもこの国の治世を任される。しかし、これからはアムドゥスキアスの影響を無視できなくなる。


 果たして、クルーンとアムドゥスキアス、どちらの魔王が脅威なのか………。


 「陛下、それで条件についてなのですが………」


 しかし悲しいかな、我々にできるのはアムドゥスキアスの言葉に唯々諾々と従うことだけだ。


 「ふふふ………。そう思い詰めた顔をする必要はないさ。僕のモットーは『ウィン・ウイン』、両者両得だからね。きっといい条件が出せる。ただ、僕は教会が嫌いでね。そっち寄りの奴はちょっと損をする事になるかもな」


 全く。そんな無邪気に決められては、これまで眉間に皺を寄せて舵を取ってきた儂らが間抜けのようではないか。

 しかし教会寄りも何も、この国は全体が教会寄りだ。この国は先程魔王が言ったように他国に囲まれ、陸路で繋がった国だ。早々簡単に他国の影響を排除できるわけがないのだ。


 そう、普通はそう考えるはずだ。だが、この時儂は相手が魔王であることを失念していたのだ。


 アムドゥスキアスが次に口にした言葉を、儂は全く理解できなかった。

 いや、儂だけではない。この場にいる大臣や貴族、騎士たちや魔族でさえも、アムドゥスキアスの台詞にポカンと呆けた表情を返していたのだから。


 アムドゥスキアスは事も無げに、まるで『そこのペンを取ってくれ』くらいの軽い調子で言ったのだ。




 「この国を持ち上げよう」





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 僕のモットーは『ウィン・【ウイン】』、 ではなくて、【ウィン】ですね。
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