南の国は、策謀と権謀の香り………っ!?
この国で何が起きているのか、それは結構早い段階でわかった。
相手側の情報統制が徹底していなかった事もあるが、やはりそれはとりもなおさず商人の情報網の成せる技だったろう。
ホウレンソウ。ビジネスにおける鉄則である、報告、連絡、相談の事だが、これはあくまでディフェンスのホウレンソウ。ビジネスにはオフェンスのホウレンソウもあるのだ。法律、連携、相関図である。まぁ、これは僕の持論だが。
法律を熟知し、誰が誰の敵であるのか、味方であるのか、引き込めるかという相関図を理解し、仲間となれば連携を重視し動く。まぁこんな事、ある程度実績を積んだ商人には言うまでもない自明の理なので、僕が言っても下手の説法なんとやらなのだが。
ガナッシュの土地柄、発注された商人の数、出荷された食料の量、この町に常駐する貴族の数、それらを鑑みれば自ずと答えは出た。
つまり、これは僕を嵌めるための罠。『奴隷解放』は自作自演の狂言だったのだ。僕が来なくても、結局この国の貴族連中に奴隷を解放するつもり等無かったのである。
ただし、これを看過するのには問題があった。
この狂言の責任が、僕に擦り付けられる危険があったのである。
ガナッシュ公国は歴とした1国家であり、本来はこのような狂言で世界を惑わせば顰蹙を買う。しかし、僕に脅されていたとかなんとか言えば、その信憑性は桁違いに高くなるのだ。
僕はズヴェーリ帝国で奴隷解放を宣言しているし、その件で皇帝や貴族を脅した、なんて事実無根の言いがかりもつけられている。さらに、奴隷解放はガナッシュにとって百害はあっても一利もない。誰がどう見ても僕の仕業に見える事だろう。
この場合、僕が何もしなくても、介入しても事態が変わらないというのがこの策の妙である。
何もしなくても僕のせい。何かすれば『奴隷解放』に反対する勇敢な貴族が、教会と手を取り魔王に反抗。反抗が成功すればガナッシュ公国とアヴィ教の名声は上がり、失敗しても僕という敵をでっち上げてアヴィ教は地位をある程度回復し、ガナッシュは悲劇のヒーローである。
これの一番マズい点は、僕が各国の首脳に恐れられてしまうという点だ。
ガナッシュという国の首脳に圧力をかけ、政治を意のままにしようとした、という噂は著しく悪印象だろう。
今や完全に下火になった魔大陸侵攻に賛成する国や、反対派にも影響が出る事は火を見るよりも明らかだ。
だが、確かによく考えられた作戦だが、所々に散見する穴が目立つのも事実。
一言で言えば、些か手遅れな作戦にも思えるのだ。
アヴィ教の信頼が失墜する前、もしくはそれが始まった直後であればかなり厄介な手段だっただろうが、この状況では決定的な1打にはなり得ない。
信頼がないアヴィ教では、今回も狂言を疑われる可能性は高いし、強硬論に賛同する国もそれ程多くはないだろう。
何より、情報統制が徹底できない他国で行ったせいで、早晩情報は商人を通じて流れるだろう。
まぁ、アドルヴェルド聖教国の混乱を鑑みれば、今はあの国では実行不能な策でもあるけど。
とはいえ、問題は問題だ。
真大陸の各国に反感を持たれるのはちょっと困るし、僕の評判が目も当てられなくなれば、解放するために呼んだ奴隷に恐れられてしまう。
ではどうするか。
簡単である。
本当に奴隷を解放するのだ。
合法的、かつ金銭的に。ガナッシュ公国の奴隷を農業に従事する者も含めて金銭で買い取る。値段は少々高くとも構わない。まぁ、白金貨が必要な奴隷なんてほとんどいないので、思っていたより散財する必要はなかったのが、いい事なのか悪い事なのか。
勿論こんなのは、対症療法にもならない、僕の考える奴隷解放には程遠い手段なのだが、今回は奴隷を解放するのが意図ではない。
では何が目的なのかと言えば………。
農繁期を前に、大金で奴隷を手放した者が求めるのは、新たな奴隷である。
この国の奴隷市場は活気付き、各国から奴隷商が集まってくる。奴隷のいなくなった農家は、急いで奴隷を欲しがるだろう。急速に需要が高まれば、この市場に目をつける奴隷商は大量に現れる。
勿論僕が毎日目を光らせているし、各国も奴隷狩りを生業とする賊の討伐には力を入れているので、奴隷狩りは現在ほとんど出来ない。正当な手段で売買された奴隷だけが集まる。
さてこれで、『奴隷解放』を宣言する筈のガナッシュ公国に、急速に一大奴隷市場が生まれるわけだが、これがどういう意味を持つだろうか。
言わずもがな、端から狂言を疑われてしまうのである。
商人とは利にさとい者であり、端からタダになってしまう商品を持ち込むわけがない。奴隷商を呼び込むためには事の真相を伝えねばならない。噂は商業組合を通じて、アムハムラ王国から真大陸全土へ拡散するだろう。
結構金は使ったが、概ね良好な下準備が完成した。
さて、ここまではディフェンス。
ここからがオフェンスだ。
僕の貴重な時間と、お金を減らしてくれたこの国には、一回潰れてもらう事としよう。