趣味商人と変態っ!?
「いやぁー、良い買い物したぜ!!」
値段で言えばアムハムラでの取引と大差ない商談だったのだが、レイラはあの時とは対照的に晴れやかな顔である。
なんか、シュタールを相手にしている時並みにやりにくくなったのは気のせいだろうか?
「あ、あの、それで………、今日ってキアスさん、休みなんだよな?」
「ん?ああ」
「だ、だったら、夕飯一緒にしねぇか?ホ、ホラ!た、たまにしか会えねぇんだしっ!!」
ああ、そういえばそろそろそんな時間か。まぁ、パイモン達には前もって連絡しておけば良いか。
「別に良いよ」
「っし!!
だ、だったら―――」
「―――皆さんで仲良くお食事にしましょう!!ね?レイラ?」
またも、いきなり会話に割り込んでくるアルトリアさん。
あー、そうなるとミレとウェパルが帰ってきてからだな。まぁ、今レイラと2人きりで食事とか、結構気恥ずかしいから、その方が良いか。ああも開けっ広げに好意を示されちゃな。
「ア、アルトリア!?テメェ―――」
「―――さぁさぁ、次は私の番ですわ!キアス様、ちょっと込み入ったお願いなのですが、よろしいでしょうか?」
レイラの言葉を遮るように大きな声で、グイグイ前に身を乗り出してくるアルトリアさん。
「え、ええ………」
この人、最初会った時は清楚系グラマラスお姉さんという僕のストライクゾーンど真ん中だったのに、まさかのど真ん中からの袈裟斬りカーブでワンバウンドしているからな。
はぁ………。なんて勿体ない。
「実は、キアス様からいただいたこの九節鞭に少々問題がございまして………。
勿論!!
決して瑕疵があるとか、キアス様からいただいたこの九節鞭に不満があるだとか、そのような妄言を述べたいわけではないのです!!それだけは!!それだけはどうぞご理解ください!!
そもそも、本来であればその『問題』など大したものではないのです!!いいえ!!
むしろそれこそが、この美しい武具の1つの価値と―――」
「アルトリアさん?」
滔々と話し始めたアルトリアさんを、僕は押し止める。
「要点を、簡潔に。僕は、今、仕事中」
楽しそうに九節鞭の話をしてくれるのは、作り手としては嬉しいのだが、それはこの後の食事会でも出来る。仕事中は時間は文字通り金で出来ているのだ。1分1秒を無駄にするという事は、金を捨てているに等しい所業なのだ。
「もっ、申し訳ございません!!」
そんな風に思っての注意だったのだが、突然アルトリアさんが五体倒地で謝り始める。
「ちょっ―――」
「私としたことが、キアス様とお話しできる幸福に酔いしれて、なんという粗相を!!この罰はこの身をもって如何様にでもお受けいたしますっ!!どうか、お許しください!!」
「ちょっと!やめて下さい!ここは外から丸見えなんですよっ!?
僕の風聞に関わるじゃないですかっ!?」
客に土下座させる悪徳商人、なんて噂が流れれば今後の客足に関わる。
「重ね重ねのご無礼、申し訳のしようもございません!!あぁ、どうぞ罰を、厳罰をお与えください!!」
「いいからまず顔を上げてください!!つーか立て!!」
「ああ、強い口調のキアス様………」
「アルトリア、このままでは本当にキアス殿の迷惑になる。まずは立て。それと声を落とせ。
すまないキアス殿………」
ああ、僕はやっぱり常識人のアニーさんが、この中では1番好きだ。次点は最近急上昇のレイラ。
「申し訳ございません………。少々取り乱しました」
少々ってレベルじゃねぇぞ?
ゆっくりと表を上げたアルトリアさんに、僕とアニーさんは口端を引き吊らせる。
頬を上気させ、だらしなく弛んだ表情の残念系美女がそこにいた。
「すまない………、キアス殿………」
「いえ………」
2人で見たくない現実から目を逸らす。見た目はどストライクなのになぁ………。はぁ………。
「それでですね」
何事もなかったように立ち上がり、澄ました表情に戻ったアルトリアさんが話を続ける。『何事もなかったように』という慣用句をここまで見事に体現する場面を、僕は初めて見た。
「この九節鞭の問題点ですが、地下迷宮はただでさえ魔物が多いのですが、これを持ち歩くと大きな音で発見されやすくなってしまうのです」
「ああ、確かに」
シュタールが腕を組んで何かを思い出すように天を仰ぐ。ここからは仰ぐ天も見えないんだけど。
確かに、アルトリアさんが歩く度に九節鞭の金属同士がぶつかって結構音が響く。音自体はシャラシャラと耳心地の良い音なのだが、それで魔物が癒されるわけもない。音に気付いた魔物から襲いかかってくるだろう。
アムハムラでは、アルトリアさんにはレッグホルダーが渡らなかったので、腰の後ろに携帯できるホルスターをあげたのだが、マズったな。あの時はレッグホルダーが足りなかったとはいえ、場所をとらないミレのナイフよりアルトリアさんの九節鞭用に渡せば良かった。複数の武器を買った人を優先してしまった。
さぞ苦労した事だろう。
「分かりました。であればアルトリアさんにもレッグホルダーをご用意しましょう」
「それと、キアス様はこの九節鞭を造られた刀工の方とお知り合いでおられるのですよね?」
「ええ」
「では、この九節鞭の攻撃範囲を、もう少し広げる事が出来ないかお尋ね願えないでしょうか?このリーチでも周りに寄って来ようとする魔物の処理はできるのですが、私は後衛ですのでこの長さでは前衛の援護が難しいのでございます」
武闘派なヒーラーだなぁ。まぁ、こんな打撃武器を使うんだから今さらか。
「それならば聞くまでもありませんよ」
「え?」
小さく首を傾げるアルトリアさんの目の前で、僕は鎖袋からある物を取り出す。
シャラシャラと耳心地の良い音色を奏で姿を現したのは、アルトリアさんの持つ九節鞭によく似た武具。
十八節鞭。
アルトリアさんの持つ九節鞭の約2倍の節を持つ多節鞭だ。九節鞭が約1.5mなのだが、この十八節鞭は約2.5mと1m程リーチが長い。
「まぁ!まさかこれは私の為にっ?」
「いいえ、ただの僕のコレクションです」
十八節鞭を見せた瞬間、ぱぁっと音が聞こえそうな程に輝いた表情は、僕の言葉を受けて、ドロォっと音が聞こえそうな程にだらしなく濁る。
「………………」
ああ、そうか。この感情が俗に言う『ドン引き』って奴か………。
「………ふ、節が多くなるにつれ、鞭が短くなるので倍のリーチとはいきませんが、かなり広範囲をカバーできるかと。しかし、これも多節鞭の宿命なのですが、節が増えるにつれて威力が落ちます。今お使いの九節鞭の方が打撃武器としては高性能ですので、リーチをとるか威力をとるかで得物を替えるという戦い方もできます」
「これも美しいですねぇ………。総ミスリルですか?」
「勿論」
正直、ここまで節の多い物は本来であれば扱いづらい武具なのだ。何より、鞭の部分が小さくて掴みづらいので、使い手の熟練度が否応なく試される。
「少々振ってみても?」
「店の中では勘弁してください………」
「承知しております」
アルトリアさんは頷くと、店を出て通路の真ん中まで行き十八節鞭をシャラリと垂れ下げる。
おや?
周囲を確認し、近くに人が居ない事を確認すると、そのままその腕を振った。
空気を切り裂くような鋭い音をたて、銀の鞭は真っ直ぐ伸びる。アルトリアさんが手首を返し、鞭を鞭らしく振るって地面を打つ。
「やはり扱いやすいですね」
満足したのか、アルトリアさんが十八節鞭を纏めて戻ってきた。
「キアス様、こちらの十八節鞭、いただいても宜しいでしょうか?」
そう言ったアルトリアさんの顔を見て、僕はにこやかに告げる。
「ダメです」
………………。
「え?」
一拍の沈黙の後に、アルトリアさんの呆けたような声が帰ってきた。