悪徳商人と元勇者
「あれってやっぱ、魔王が勝手に決めたんだよな?」
「だろうぜ。他の奴等は、腕輪で自分達のパーティーをあの石碑に登録するらしい。アタシ等はんな事をした覚えがねーからな」
俺達はソドムの一本道を歩きながら話す。
あー、同じ一本道でも魔物でごった返す迷宮と、この長閑な町並みでは大違いだな。癒される。
「って事は魔王は俺が勇者だって知ってんだよな。んで放置してると。何でだろうな?」
「さぁ、わかんねーけど、攻めてくるにしたってこの街ではやんねーだろうぜ。何せ奴さんの作った街だし。お前と魔王が暴れたら、回りの被害が半端ねぇ」
まぁ、あっちもわざわざ苦労して作った街をメチャクチャにはしたくないだろ。
「お、キアスの店だな」
一階層の商業区、その一角にある商店がキアスの所属する『パイモン商会』の建物だ。元々はアムハムラ王国で商売をしていたらしいのだが、いち早くダンジョンの価値に気付いた会頭が本店をこのダンジョンに移したらしい。
まぁ詳しい話は聞いてない。あんまり根掘り葉掘り他人の過去を探る趣味はない。
「あ、いらっしゃいませ!!」
「お、ウェパルちゃん、こんちわ」
店番のウェパルちゃんが元気よく挨拶をしてくれる。
「あ、丁度良かったですね。今はご主人様いますよ!!」
「キアスが?」
そいつは珍しい。あいつは何だかんだで、いっつもどっか飛び回って仕事してるらしいからな。
「………ウェパル………、………今日もお仕事………?」
「ぁ、ミレさん。はい、まだ少し―――」
「なんだウェパル、ミレと仲良くなったのか?」
店の奥から、そいつはのそのそと頭をかきながら出てきた。
やや寝癖が目立つくしゃくしゃの頭、眠そうに半分閉じられた目、いつもの黒い服は脱いでいて白いシャツがだらしなくズボンからはみ出ている。
いつもキッチリとした服装ばかり見ていたから、こういっただらしない姿は新鮮だ。
「遊んできて良いぞ。店番は僕がやっておくから」
「ぁ、でも………」
「大丈夫だよ。もうしばらくしたら、他の店員も戻ってくるし、あと1時間もすれば店仕舞いだ」
「でも………、せっかくお休みだったのに………」
ウェパルちゃんは申し訳なさそうに、キアスとミレを交互に見る。
「あんまり遅くなんなよ。あ、お小遣いでも渡しておくかい?」
「い、いえ、お給料がまだ残ってますからっ!!」
相変わらずウェパルちゃんは遠慮深いみたいだな。俺なら確実にもらっておく。
「いってこい。ミレさん、ウェパルの事よろしくね?」
「………ん………。………いこ………」
「ぁ、は、はい。で、では、あの、ごめんなさい。い、行ってきますっ!!」
ミレとウェパルちゃんは、連れだって店から出ていった。あの2人が仲が良かったなんて知らなかったな。
「珍しいな、お前がいるのも、お前がそんな気の抜けた姿をしてるのも」
挨拶も抜きに俺がそう言うと、面倒くさそうにキアスも答える。
「うっせ。今日は休みだったんだよ。
ったく、休みだからってやる事はあるのに………」
「お前、休む時は休んでおけよ、仕事人間」
「はいはい。んで、今日の用は?」
挨拶代わりのやり取りを終え、本題に入るキアス。
「マジックアイテムを売りに来たんだよ。ダンジョンから戻ってきたところだからな」
「あー、そう。うーん、他の商人がマジックアイテム欲しがってるからそっちにも流してほしいんだよな」
「あ?利益を独占できるから良いんじゃねぇの?」
この守銭奴にしては珍しい台詞だ。首を捻る思いだったが、面倒くさそうに答えるキアスにその動作は止められた。
「げに恐ろしきは人の心。商人に嫉妬される事ほど怖いことはない」
「んー、じゃあ他の商人に売ってきた方がいいか?」
キアスには恩があるから、こうやって少しでも恩返ししておこうと思ったんだけどな。
「いや、今お前らから買って、それを他の商人に流して利益にしよう。
金を儲けつつ、商人達にも恩が売れる。一挙両得の良い手だ」
「相変わらず、おっそろしい奴だ」
それでこそキアスだとも言える。
「だから適正価格以上は期待すんなよ?転売する時に僕が吹っ掛けたと思われる」
「お前のトコに持ってきた時点でそれは諦めてる」
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だ」
1つ鼻を鳴らして、キアスがそっぽを向く。機を逃さず、俺は袋の中から大量のマジックアイテムや武具を取り出す。
武具はどれも良い品なのだが、やはりキアスから買った物と比べると見劣りするのは否めない。否めないと言うか、完璧にキアスから買った物の方が勝ってしまう。だから全部売る。
「数が多いな………」
「ああ。皆お前から買った武器の分は取り戻したぜ。………俺の以外」
「まぁ、天帝金貨を稼ぐのは、厳しいだろうな。結構な出費だった筈だけど、こんな短期間で回収できるなら、あんなにまけるんじゃなかったよ」
キアスは話ながら、アイテムや武具を仕分けて何やら紙に書き込んでいる。
「んで?お前って今勇者の仕事はどうなってんだよ?」
「勇者としては開店休業だな。一応未だに指名手配扱いだし、今まで仲介役だった教会があれだからな………」
ったって魔物は出るし、なんとか今まで通り依頼を受けれるようにしなくちゃなんねぇ。
「ふーん………。ま、僕としてはどーでもいーけど」
キアスとしては、ただの世間話だったようで紙に記入する手を止めずそう返した。
「アニーさん、見積もりはこんなもんでどうです?」
キアスは書き上げた紙をアニーに手渡す。直でアニーに渡す辺り、こいつは俺達の事をよく理解してるな。
「マジックアイテムはもう少し高いのではないか?」
「ふむ。まぁ、確かに。ちょっと訂正しましょう」
「ザチャーミン商会ならば、結構な値段で買い取ってくれるらしいぞ?」
「フフフ。アニーさんも交渉が上手くなりましたね」
「あなたやザチャーミン商会の支店長を相手にしていれば自然とな」
「あはは。本当に商人としてヘッドハンティングしたくなりますよ」
「戯れを。あなたや彼を見れば、私などが商人になるなど不可能だろう?」
いや、どんだけだよ?アニーに勤まらないなら、商人ってのはどんだけスゲー奴等なんだよ?
キアスやあの少年商人がスゲーだけだって。
「これでどうです?」
「ふむ。これならば問題ない。よろしく頼む」
「毎度あり」
ようやく終わりか。今日キアスは休みみたいだし、そろそろ店仕舞いらしいから、この後一緒に飯にでも誘うか。
そんな事を思っていたら、あの2人が動き出した。
「キ、キアスさん!!」
「キ、キアス様っ!!」




