計算機を作ろうっ!?
「お前、使えねー」
「う、五月蝿い!!大体なんで私が、こんな量の書類仕事をしなければならないのだ!?」
僕は半眼でピエロを睨み、ピエロは焦ったように言い募った。場所は魔大陸側の城壁都市、ゴモラの執務用の館の一室である。時はピエロがゴモラに訪れた翌日。
こいつの事務能力の確認がてら、僕は試しに1枚の書類を任せてみた。結果は言わずもがな。
「お前に任せたのはただの収支の計上だぞ?ただの足し算だ、足し算!?」
「こんな量の計上を毎日行う意味がわからん!!月末にでも、適当に2、3日分抜き出して監査するだけではいかんのか!?」
「いや、それは監査じゃなくて、僕の町や店の売り上げだ。別に監督したり、ミスをあげつらうためのもんじゃねぇ。
資産状況の確認や収支報告を欠かさぬのは危機管理的に当然だ」
最悪、資産状況が悪化しているのを知ってからでは手遅れになる場合もある。
店はまだしも、町を破産させるわけにはいかないのだ。いや、店だって破産は困るのだが。
因みに、今はまだ無理だがいずれは僕の個人所有の財産と、町の財政は切り離さなきゃならない。町の管理や治安維持、社会福祉を完全に税に頼るわけになるのだが、それはソドムでもゴモラでも現状実行不可能なのだ。何故なら元奴隷の住民や、コションの支配地域からの難民からは税を取っていないからである。まぁ、期間限定の免税措置だ。いずれ、ちゃんと住民税を徴収しなくてはならないが、今はまだ城壁都市に慣れてもらって、職を見つけてもらうのが優先である。
閑話休題。
「とにかく、こんな計算も出来ないようじゃ困るぞ。これからもっとややこしい計算もしてもらわなくちゃならないし、何より僕の手が煩わされる」
「くっ………、バカにするなよ!私だってこれ程膨大な量でなくば、算術とて扱える!!だが、計算する数字が多すぎてどうにもままならんのだ!!」
「別の紙に計算式を書き込んでおけばいいじゃねぇか」
「計算式?」
あ、ダメだこりゃ。
しかしなぁ、一朝一夕でこいつに四則演算から掛け算割り算、代数にパーセントなんて教えている時間はない。ただでさえ忙しいのに、こいつのお守りまでやってられるか!
やっぱり、レライエの抜けた穴はデカイなぁ………。
さて、どうすっか………。
「出来た!!」
なんの事はない。足し算引き算の概念を知っているなら、これさえあれば当面は、ある程度の仕事も振れるだろう。
「アムドゥスキアス、何だこれは?」
「アムドゥスキアスって長い。キアスと呼んでいいぞ」
「その傲岸な態度。私は貴様と同じ魔王だぞっ!?」
「はいはい。んじゃ、使い方教えるからこっち来い」
「無視をするなっ!!」
僕はゴモラの執務室で、ある物を作り上げた。簡単だし、材料もそんな要らないからね。
「この珠が『1』それが4つ。んでこの上のが『5』を表す。縦に並んでいるのは桁を表すためだ。1の位の下は小数だ。小数、わかるか?」
「バ、バカにするなと言っているっ!」
流石に知ってたか。
まぁ、『神が正数を作り、悪魔が小数を作り、人間が負数を作り出した』なんて言うくらいだしな。
神の矛盾をつく悪魔と、自然界にあり得ない『マイナス』という概念を作り出した人間。
この場合、神の怒りを買うのはどっちなんだろうな。
なんてね、小数も負数も商売をする上では必要不可欠なツールだ。そんな与太話に興じる暇があるなら、皮算用でも金勘定。時は金成り、僕らの金科玉条だ。
「な、成る程。これは便利だな………」
「『算盤』という計算器具だ。熟達すればこんな書類、あっちゅう間に片付けられんぞ」
「本当か?結構な量だぞ?」
フン。論より証拠。
「願いましては―――」
パチパチと珠を弾き、ピエロの書類を一枚片付ける。
「………は、早いな………」
「ま、僕もレライエもこれくらいは暗算だけどな」
出来上がった書類を驚愕の表情で眺めるピエロ。
「一先ずはこれでいいだろ。あ、それと、時間が空いたら僕に連絡しろ。1分1秒も惜しい。とっととお前の脳に公式を叩き込んで、ある程度使えるようになって貰わなくてはならん。因みに、ただ数字を計算するだけじゃ駄目だからな?検地、法整備、治安維持、やる事は山のようにあるぞ?」
「ちょっと待て!!まだあるのかっ!?」
「何を驚いてんだアホが。お前はレライエのこれまでやってきた業務を引き継いだだけだろうが。あいつはこれを、町が機能し始めた当初からやってんだ。1から手探りでな。
ここまで業務がスムーズに出来ることを、むしろ幸運だったとレライエに感謝しろ」
「レライエとは、あの裏切り者の第4魔王の娘の事だろう?」
「まぁな」
今はまだ、コイツにも他の人達にもレライエが裏切ったと思わせておかなきゃならない。情報はどこから漏れるかわからないのだから。最悪、レライエよろしくこのピエロがスパイという可能性だって0ではないのだから。
「じゃあ僕は行くぞ。僕も僕で仕事があるんだ。それ、終わらせたら連絡しろ。チェックと次の仕事の監督もしなくちゃなんないからな」
「あ、ああ。ところで………」
執務室を出ようとした僕に、ピエロは首を傾げて尋ねた。
「なぜ今日の貴様は、そんな生まれたての小鹿のように歩いているのだ?」
「うるさい!」
インドア派の僕にスクワット1000回もさせんなよ!!