チェルが誰かに討伐されることはない
「ごめんなさい、カイナ兄……僕、全部話しちゃったっ……カイナ兄のこと、内緒にできなかったっ……!」
「……開口一番に謝ることがそれか? まだ油断するな。死にたくなければ、俺の指示通りに動け」
「うん……うんっ!」
チェルは立ち上がって涙を拭うと、地面に刺さった大剣を引き抜くカイナに隠れながら追手の様子を窺った。
突然のカイナの乱入に驚いていた二人であったが、既にその表情には冷静さを取り戻していた。カイナを警戒しつつチェルのことも見張っている様子であり、不用意に背を向けて逃げ出せば後ろから斬られ撃たれそうな気迫があった。
大剣を構え出方を窺うカイナに、リザンは剣を構えながらも言葉を投げかけた。
「カイナと呼ばれていたな。イクスガルド国の王子である、カイナ・ユーリィで相違ないか?」
「……」
「お喋りは嫌いか? それとも、銃に狙われた状態では話をする余裕も無いか?」
「……」
リザンからの問いかけに、カイナは何も返さなかった。ただ静かに、目の前の二人の敵に向けて気を払っていた。
そんなカイナの事を馬鹿にするようにリザンは嘲笑すると、煽るような口調で続けた。
「まさか、本当に第一王子が亡命に同行しているとはな。王子が揃いも揃って国から逃げ出すとは、兵士上がりのイクスガルド王の胤から生まれたとはとても思えん。それとも、イクスガルド王は売春婦でも孕ませたか? 誰にでも股を開く女から産まれたのであれば、王族でありながら容易に国を捨てる軽薄な行いにも納得だ」
「……」
「それになんだ、そのバカでかい剣は。その武装だけでもまともな訓練を受けていないことが丸見えだ。大方、聖剣を持つ弟への対抗心だろうな。持て囃される弟を羨んで、目立てる武器を選んだか。実に幼稚で、貧弱なイクスガルドには似合いの武装だ。弟も言っていたぞ。お供の大剣使いは弱いとな」
「……」
度重なる愚弄と侮蔑。それらを受けても尚、カイナは無反応だった。
チェルがカイナの弱さを思い出してしまい、二体一という不利な状況に不安になり始めている一方で、カイナは堂々と大剣を構え続けていた。
「……イレオン」
「ダメです、隙ができません。おそらく、全て聞き流しているかと」
イレオンが首を振りながら答えると、リザンは大きくため息を吐いた。
「だろうな……。仕方ない、カイナは俺が相手する。イレオンは狙えそうな方から狙え。どちらでも殺せそうなら、俺ごと撃ち抜いて構わん。足までなら許す」
「了解」
「ったく……なんであんな馬鹿デカい大剣を相手せにゃならんのだ。腰がイカれちまう……」
「良いじゃないですか。前から退役したがってたでしょう? 立派な傷痍軍人になれますよ」
「腰が砕けたら孫を抱っこできんだろうが!」
「……リザンさんって、そもそもご結婚されてましたっけ?」
リザンがイレオンに指示をする中、カイナもチェルに指示をしていた。
「チェル、俺が前に出たらついて来い。つかず離れず、常に今ぐらいの距離を保ち続けろ」
「う、うん……いたっ……」
「膝に怪我か。走れるか?」
「うん……がんばる……。ちゃんと、カイナ兄に付いて行くね?」
「もっと早くからそれくらい素直だったらな」
「そうだね……でも、もうわかったから……少し遅かったかもだけど……。これからはずっと、カイナ兄の傍から離れないから……カイナ兄も、僕のこと置いて行かないで……ね?」
それぞれがそれぞれの心持ちで、それぞれの様子を窺う。守る者、守られる者。狙う者、援護する者。
命を懸ける緊張感の漂う空気と、場違いに穏やかな川のせせらぎが聴こえる空間。口火を切ったのはリザンだった。
「最後に念の為確認しておく。降伏する意思が少しでもあるのなら、今すぐ武器を捨てろカイナ・ユーリィ。大人しくするならば余計な危害は加えない。仮にこの場を切り抜けることができたとしても、最期まで逃げ切れるとは思っちゃいないだろう。その悪魔はいずれ誰かが討伐する……今この場でお前が見捨てたところで結末は変わらんぞ」
「情けをかけてもらっているようだが、そのまま返そうバンドット兵。チェルが誰かに討伐されることはない……少なくとも、お前たちには到底不可能だ」
「ブラフか? 聖剣があるから、などと言うつもりではあるまいな?」
「違うな、聖剣は関係ない……俺が居るからだ」
「はっ……抜かせ!!」
リザンは右手に持った軍刀を大きく振りかぶると、カイナを吹き飛ばさんとする勢いで右から左へ薙ぎ払った。




