絶対食べないから
「ん……」
泣きながらパンを食べて、嗚咽を漏らしながら毛布にくるまったチェルが目を覚ましたのは夜明けよりも早い時間だった。
周囲はまだ暗く、小鳥のさえずりも聴こえない。このまま目を瞑って二度寝をすることもできる時間だったが、チェルは眠気を抑えて身体を起こした。
「……カイナ兄?」
寝ていれば起こさない、起きていれば反応するであろう程度の小声をカイナの背にかけたチェル。カイナは依然として横になったままであり、チェルの呼びかけには返事をしなかった。
一昨日の夜は馬の上で眠るチェルを追手から遠ざけるために徹夜で歩き、昨日は食料として蜂を調達した後はすぐに村を出てまた夜まで歩いていた。流石に疲労が溜まっているのか、いつも厳しい顔をしているカイナはチェルに無防備な寝顔を見せていた。
「…………」
カイナがまだ眠っているのを確認したチェルは、音を立てないようにそっと立ち上がった。そしてランプを手に取ると、カイナに背を向けてまだ暗い森の中へと歩き出した。
「虫なんて、絶対食べないから……」
土を踏みしめる音も聴こえるような静寂の中で、チェルは強い意志と共に呟いた。いくらカイナが正しかろうと、虫だけは口にしてなるものかと。
「んっしょっ……んしょっ……」
チェルは聖剣を両手で握りこんで、野営地から少し離れた位置にある木に傷をつけた。遠目からでも確認できる程度になるまで傷が広がったら、また少し離れた位置にある木に向けて聖剣を突き立てた。
「ひぃっ……ひぃっ……けっ、結構大変かも……。でも、虫を食べるよりは……まし……」
三本目の木に聖剣を突き立てたところで、早くもチェルは肩で息をしていた。へなへなと腰が砕け、ぺたんと座り込んでしまい、しかしそれでも懸命に木に聖剣を突き立て傷をつけた。
そうやって少し歩いては木に傷をつけることを繰り返すチェル。その瞳は忙しなく上へ下へと動き回り、虫に代わる食材を必死に探しているのだった。
食料調達も、移動も、戦闘も、全てをカイナに依存しているチェルでは何を言おうともただのわがままに過ぎない。カイナの正論には太刀打ちできず、このままでは髪だけではなく人としての尊厳も、何もかもを逃避行を理由に失いかねない。
昨日はどうしてか見逃されたが、おそらくは疲れていたためであろう。睡眠によって活力が戻ったカイナなら、有無を言わさずハチノコを喉の奥まで押し込んできてもおかしくはない。
そんなカイナに対抗するために、チェルは自力で食料を探すことにした。カイナが目を覚ますよりも前に、自分で食べる物を見つけようと帰り道の目印をつけながら森をさ迷い歩いていた。
「なんでも……いい……木の実でも、お花でもキノコでも……この際葉っぱでも草でもいいもん……虫以外なら、なんでも……」
チェル自身には食用の目利きができなくとも、カイナなら知識を持ち合わせている可能性がある。チェルは比較的見目が良く、口にするのに抵抗が無いと感じた草や葉っぱを拾っては懐にしまいこみながら歩いた。
地味な色をしたキノコを見つけては目を輝かせて引っこ抜き、硬い殻に包まれた木の実を見つけては期待に胸を躍らせながら拾い集めていくチェル。いつしかその懐は食べられそうな見た目をした物で膨らんでいた。
「探してみたら、結構落ちてるんだ……ふふ……」
これだけあれば少しは食べられる物もあるだろうと笑みを浮かべるチェル。その耳に微かではあるが、流れる水の音が聴こえてきた。
「川……魚が捕れたら、カイナ兄も文句無いよね……?」
カイナは虫の栄養面での利点を語っていたが、魚であれば十分に対抗できるであろう。むしろ大物でも捕れようものなら、カイナもチェルを見直すかもしれない。
今はチェルに厳しく優しくないカイナではあるが、チェルを認めればその態度も改めるに違いない。寝起きのカイナに魚を見せた時の反応を想像しながら、チェルは水音の方へと歩き出した。




