一口だけだから……ね?
ハーマンからの昼食の誘いも断って、カイナとチェルは村を出た。チェルは是非とも昼食をご馳走になりたかったが、カイナが頑なに拒んだため唇を尖らせることしかできなかった。
村を出て見晴らしの良い道を避けて再び森の中へと入ったカイナとチェル。カイナが手綱を引く馬の上で揺られながら、チェルは昼食に思いを馳せていた。
「ねえ、カイナ兄……そろそろ休憩しない?」
「まだ村を出たばかりだろう。次の休憩は夜だ」
「でも、お腹空いた……何か食べさせて? 新しい食料もあるんでしょ?」
「こいつはそのままでも食えるが、加熱した方が食べやすい。食べたいんだったら火を起こすまで待て」
カイナは左手を上げ、持っている麻袋をチェルに見せた。
そのままでも食べられるけれども加熱すると食べやすくなる食材。はたして、その麻袋の中には何が入っているのか。チェルは中身が気になりはしたが、敢えて訊くことはしなかった。何となく、食べるその直前まで中身にわくわくしたい気分だった。
「……じゃあ、夜まで待つね。でも、昼食は何か食べたいよ?」
「ほら、パンだ」
「…………ありがと」
カイナから昨日と同じ、硬くて乾いていてぼそぼそとしたパンを受け取るチェル。周りの水分を根こそぎ奪うそれは口に入れることもしたくなかったが、腹の音に耐え切れずチェルはパンを口に咥えてもそもそと咀嚼し始めた。
一方で、カイナも同じく馬の手綱を引きながら昨夜と同じく酒を飲んでいた。
「……ずるい」
「さっきの村で水は調達できた。チェルも飲みたいなら、飲んでもいいぞ」
「水は味しないもん」
「不味い水よりは、無味の水の方が何倍もマシだろう」
そう言いながら、またカイナは酒の入った水筒を呷った。
確かにその言葉通り、酒を飲んでいるカイナの顔はとてもじゃないが美味しい物を飲んでいるようには見えなかった。しかしだからこそ、チェルの興味を惹いた。
「一口ちょうだい?」
「ほら、零すなよ」
「そっちじゃない。お酒の方ちょうだい?」
「子供が飲むもんじゃない」
「別にいいじゃん。ここはイクスガルドじゃないんだし。今飲ませてくれないなら、後で勝手に飲むから」
「……」
「一口だけだから……ね?」
「どうせ一口も飲めないだろうけどな」
勝手に飲まれるよりはマシと判断したのだろう。溜息を吐きながらもカイナは酒の入った水筒をチェルの方へと寄越した。
チェルは飲み口に鼻先を寄せると、警戒するように匂いを嗅いだ。
「っ? これ、腐ってる?」
「酒はそういうものだ。それは酒の中でも相当に下の部類だけどな」
鼻の奥をツンと刺すような刺激臭は、とてもではないが飲んでも良い物だとは思えなかった。本能がこれは飲んではいけない物だと警告を発していた。
しかし、カイナはチェルの目の前で確かにこの酒を飲んでいた。チェルは信じられないという顔で何度も飲み口から漂う匂いを嗅いでは、その度に顔をしかめていた。
「だから言っただろう。飲まないなら返せ」
呆れながら水筒へと手を伸ばすカイナに、チェルは水筒を返さなかった。自分から飲みたいと言った手前、匂いだけで諦めるのが何となく悔しくて、チェルは赤い舌をちろりと覗かせると飲み口をほんの少し舐め上げた。そして、すぐさま後悔した。
「~~っ!?!?」
苦味、酸味、えぐ味。舌先に付着したたった一滴の雫から、口の中全体まで浸食されるような感覚は、チェルの基準からすれば毒と同義であった。
チェルの足先は勝手にピンと伸びてしまい、あまりの不味さに全身が痙攣してしまっていた。
「何をやっているんだ……」
カイナから差し出された水の入った水筒を慌てて受け取り、小さな口で一生懸命に水を飲むチェル。薄い唇で飲み口を挟み込み、まだ喉仏もあいまいな喉を4回ほど鳴らしたところでチェルは水筒から口を離した。
「ぷはっ……カイナ兄、そのお酒捨てた方がいいよ……」
「嗜好品じゃないと言っているだろう。俺にとっては重要な栄養源だ」
そう言ってカイナはチェルから取り戻した酒をぐびりと飲んだ。相変わらず美味そうな顔はしていないが、チェルのように狼狽える様子は無かった。
「そんなに飲んで酔わないの?」
「酒にはそれなりに強い方だ。それに、こんな状況で酔えるほど強い人間じゃない」
「……どういう意味?」
「子供にはわからんだろうがな。酒は飲めば酔えるというもんじゃない。酔っていてもすぐに醒めることもある。子供の面倒を見ながら追われているような状況じゃ、心に隙間が無くて酒が入り込む余地が無いんだ」
「ふーん……それじゃあ、好きなだけ飲めていいね」
「全く嬉しくないことにな」
「……そもそも、カイナ兄ってお酒好きだったっけ?」
「好きでも嫌いでもない。あれば飲むし、無くても気にはしない。そんな程度だ」
「そうなんだ……初めて知った」
カイナがお酒が好きなのかどうかも知らない。どんな食べ物を好んでいるのかも知らない。
カイナに興味が無かったから。カイナが普段どんな生活をしているのかも知らないし、敵わない聖剣に挑み続けた理由も未だに知らない。知る必要が無かったし、知りたいとも思わなかった。しかし事ここに至っては、そうではないのかもしれなかった。
聖剣を失ったチェルにとって、カイナは命を預ける相手であり、命を握られている相手でもある。興味が湧くのは必然であり、知ろうとしないことは怠慢であるようにも思えた。
だからこそ、まずはスタートをはっきりさせようとチェルは思った。
「カイナ兄って、僕のこと好きじゃないよね?」




