弱者として真っ先に切り捨てられてしまうだろう
「カイナ兄……」
顔は見えなかった。カイナがどんな表情で宣言したのかは、チェル自身にはわからなかった。
それでも、暖かな火が胸に灯ったような心地だった。
「時代遅れのトレーニング狂が、何を言うかと思えば。毎日のように馬鹿でかい剣を馬鹿みたいに振り続けて、それでもチェル様の聖剣に手も足も出ない人間が、どの面を下げて守るなど口にしているのか。チェル様のような圧倒的な力を持つ方を守るのに必要なのは個による力ではなく、数による力です。そんな重いだけの大剣をぶら下げていたところで、何の意味もありませんよ」
「……」
ラノイからの侮蔑に、カイナは一言も返さなかった。言い返すまでもないと考えているのか。それとも事実だと肯定しているのか。ただ一つだけ、ラノイにチェルを渡す気が一切無いということだけは確かだった。
「……ねえ、ラノイ? 一つだけ、聞いてもいい? 反乱している民たちのこと、どうするの?」
それは、チェルがカイナに問われたこと。裏切りに対する答えを死しか持っていないチェルでは、何も答えることができなかった。
ラノイがチェルを担ぎ上げるならば、チェルに反発心を持つ民たちへの対処は必要不可欠だ。一度蜂起が起きてしまった以上、例えチェルが聖剣の加護を取り戻せたとしても以前と同じようには戻れない。
はたして、今のラノイがチェルの問いに何と答えるのか。それは、答えを聞くまでもなくわかりきっていることだった。
かつてのチェルに憧れているラノイは、かつてのチェルのようにそれを言ってのける。
「当然、皆殺しですよ」
ただ無感情に、ただ淡々と。チェルにも言えなかったことを、ラノイは口にした。
少しだけ、気持ちがわかったような気がした。聖剣によって殺された人たちが、どのような気持ちだったのかが。
「……でも、反乱している民はいっぱい居るんでしょう? みんな殺しちゃうの?」
「それなら、見せしめで数人だけ殺しましょう。そして、今後は処刑するのは罪を犯した本人ではなくその近親者にするんです。そうすれば、より効率よく民を縛れるでしょう?」
罪を犯した時には、その者が最も愛する者を殺す。確かに、それは優しい人間を縛る鎖としては最も強度が高いだろう。真っ先に妻子が殺されるのであれば、ダズもチェルの暗殺に踏み切れなかったかもしれない。
効率を求めるならば、弱者は切り捨て押さえつけるのが一番良い。そして、今のチェルは紛れもなく弱者側だ。ラノイは聖剣の加護は取り戻せると豪語しているが、其処には何の具体性も無い。
「ごめん……今の僕は、ラノイについていけない……」
聖剣の加護があったのなら、今のラノイの手を取っていたのだろうか。聖剣を失ってしまった今のチェルでは、それもわからなかった。
ただ一つ確かなことは、弱者に成り果てたチェルにラノイの手を取ることはできない。聖剣を失ったチェルの背に聖剣の幻を見ているラノイに、か弱い身を預けることはそれこそ自殺行為だ。ラノイの期待に反して聖剣の加護が戻らなかった時には、チェルは弱者として真っ先に切り捨てられてしまうだろう。




