裏切りの理由がチェルにあったとしたら
「反対だ」
カイナは即座にラノイの案に異を示した。万が一にもその案を通さないために。
「なっ、なぜでしょうか? 50人もの刺客を侵入させるなど、一人の兵が裏切ったところで不可能です。民の中に裏切り者が居るのは確実であり、見せしめを行えば更なる裏切りは抑制できるかと」
「その為に多くの民に負担を強いるのか? 見せしめ、というからにはダズを相当に痛めつけるのだろう。そんな光景を無理矢理に見せつければ、ただでさえ疲労している民たちの心を更に追い詰めることになる。少数の裏切り者の為に、多くの民を傷つけるなど、俺はそのような行為には反対だ」
チェルの私刑に怯えている民に向けて、それよりも惨い見せしめを行う。それはラノイの言う通りに裏切りの抑制には多大な効果があるだろう。
しかし同時に国への信頼を落としかねない。国はチェルの私刑を肯定しているのだと受け取られてしまえば、蜂起の呼び水となる可能性もある。
追い詰められた一人の人間によってスーチェは命を喪った。悲劇を繰り返さぬ為にも、過度に民にプレッシャーを与えるのは避けるべきというのがカイナの考えだった。
「しかし、その少数の民によって国が滅びかねません。イクスガルドという国を護る為には、国と民が一丸となる必要があるのではないでしょうか!?」
「国と民を分けて考える必要は無いだろう。そもそも国とは民なのだから。裏切り者もまた国民であり、裏切られる弱みも含めて今のイクスガルドだ。それを恐怖で縛るのはただの現実逃避であり、一時凌ぎでは遅かれ早かれ国は自壊する」
「では、具体的にどうするおつもりなのですか? カイナ様はその賢明な頭を持って、裏切り者を内包するイクスガルドをどうやって導いてくださるのでしょうか?」
否定するばかりのカイナに苛立ちを覚えたのだろう。敬語こそ保っているものの、ラノイの目にはカイナへの敵意がぎらぎらと燃えていた。カイナの発言次第では、今にも飛び掛かってきそうな様子だった。
「……」
カイナはちらりとチェルを見た。チェルもまた、カイナの瞳を一心に見つめていた。
チェルの瞬きの音、まつ毛とまつ毛が擦れ合う音まで聞こえてきそうなほどに静まり返った室内。一つ息を吐き、ラノイに視線を移しながらカイナは口を開いた。
「あくまで俺個人としての考えだが……ダズは処刑しない」
余程想定外だったのだろう。ラノイの見せしめという提案にも声を漏らさなかった元老院の面々がどよめいていた。
一方で、真っ先に異を唱えると思っていたチェルは静かにカイナを見つめ続けていた。
「それはっ……さすがに、ありえなくないですか? カイナ様は、裏切りを許すと仰るのですか? チェル様のお命が脅かされたのですよ!?」
「許すとは言っていない。それと、処刑しないというのもあくまで可能性だ。まずはダズの裏切りの理由と、その切っ掛けを明確にするべきだ。内容によっては処刑もあるだろうが、少なくとも見せしめにする必要は無いと考えている」
もしもダズの裏切りの理由がチェルにあったとしたら。チェルの私刑に目を瞑り続ける国がダズを裏切らせたのだとしたら。カイナには、ダズの目を真っすぐに見ながら処刑する自信が無かった。




