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「も~! 二人とも人が悪いんだから! あたし、本当に本当に、すっごく心配したんだからね!」

「そこまで怒るなんて思わなかったのよ……、ごめんなさい」

「流石に式が始まる前にアンには伝えた方がいいと思ったんだけどね……、何となく後ろめたくて機会を逃してしまった。本当に申し訳ない」

 頬を膨らませてぷりぷりと怒るアンリエッタの前で、今日の主役が二人で申し訳なさそうに謝る。

 静けさを取り戻した聖所に今は三人しかいない。

 大波乱だった結婚式が終わると村の皆は祝宴の準備に行ってしまい、主役の二人とその二人に呼び止められたアンリエッタだけが残ったのだ。

 あの後、彼等の目論見通りに盛大に驚いた村人達はしばらく動揺を隠せなかったものの、言われてみれば納得の組み合わせだと最終的には暖かな拍手で場は包まれた。

 何より、寄り添い合う二人が誰から見ても文句なしにお似合いだったからだ。

 確かにジョイスとリジーは人柄も性格も似ているし、さらに言えばジョイスはリジーの命の恩人である。

 森で木の実を採集している時に小型の魔物に襲われ、あわや死にかけた所を助けただけでなく、その時に負った傷をも治療したのである。リジーが熱心に聖所へ通うようになったきっかけとなった出来事だ。

 ある種の魔物の傷は普通の傷とは違い特殊な治療が必要となり、放置すれば傷は腐り、場合によっては命を落とす事もある。

 教会関係者が各地で最終的に歓迎されるのはその治療が可能な為だ。

 そんな経緯からリジーは聖所に通うようになり、交流する間にその感謝の気持ちが思慕に、思慕が恋慕に変わる事は十分有り得ただろう。

 だが、しかし。

「大体、聖父が結婚出来るって聞いてないよ!」

 知っていたらアンリエッタだって、相手がジョイスではないかと真っ先に考えただろう。

 少し離れてはいるが年齢的にそれなりに釣り合う相手でリジーが個人的に親しく交流する男は彼しかいないのだから。

 完全に対象から除外していたのは聖父は婚姻出来ないものと思い込んでいたからだ。

 先代の聖父が(少なくとも村にいた間は)独身だったのもそう思い込んだ理由の一つだろう。

 アンリエッタだけでなく村人達もほぼ全員がそう思っていたからこそ、相手がわかった時に驚きの声をあげたのだ。

 そもそも、式の立ち会いをする人が新郎を兼ねるなど誰が思うだろうか。

「聞いてないって……そもそもここに来てから今まで誰にもそうした事を聞かれた事がないんだけどなあ」

 その件に関してはジョイス側にも言い分があるらしい。

「まだ聖主信仰がさほど浸透していないからかな……? 何故かここに限らずそういう誤解をされるようだけど、地方の聖所に派遣された者はそこで家庭を持ってそのまま根付く事が多いんだ。聖主の教えを受け継ぎ、その地に伝える基盤が必要だからね」

 アンリエッタの不満の声に、そんな風に律儀に説明してくれる。

「そもそも何故教会関係者が結婚しないと思われているのかわからないんだけどね。確かにいろいろ戒律はあるけど、結婚に関しては重婚禁止以外は特にないし……。本教会の人間のほとんどが未婚なのは事実だけど、それは彼等が自らの意思でそうする事を選んだだけで、夫婦で聖父や聖女となっている人達もたくさんいるんだよ」

「わたしもずっとそう思っていたの。うちの両親も打ち明けたら驚いたし……だからこそ、最後まで黙っていようなんて思ってしまったんだけど……。アンを不安にさせたかった訳じゃないの」

 解せぬ、と言うジョイスの言葉に申し訳なさそうにリジーが続けて、アンリエッタも少し溜飲を下げた。

 言われてみれば確かにジョイスに結婚に関する事を尋ねた記憶はないし、人の良い二人が揃ってしょんぼりする姿は流石にちょっと可哀想な気がしてくる。

「もういいよ……。でもなんで聖父様はあたしが聞きに行った時に相手が村の人以外に取れそうな事を言ったの? あれですごく悩んだんだからね」

「え? ……ああ、あの時か。そんな意図はなかったけれど、大分馴染んだとは言え生まれも育ちもここではないし、村の皆から見れば私が他所者なのは間違いでもないだろう?」

 ジョイスの言葉に、アンリエッタとリジーはほぼ同時に否定した。

「何言ってるの? 聖父様はもう村の人間だよ」

「とっくに村の一員だってみんな思ってるわよ?」

 正に何を今更、である。

 そう思っていなければ、二人に暖かな拍手は捧げられなかったはずだ。

 同時に向けられた否定の言葉にジョイスは面食らったように目を丸くし──やがてとても嬉しそうな笑顔になった。

 もしかするとこちらよりずっとその事を気にしていたのかもしれない。

「本当に二人は仲良しだね」

 言われてアンリエッタとリジーは顔を見合わせる。そしてやはり同時に彼に負けない笑顔になった。

「当たり前だよ!」

「ええ、アンはわたしの家族同然……血は繋がらなくても、妹だもの」

「えへへ、リジーもあたしのお姉さんだよ!」

 リジーの言葉に嬉しくなってアンリエッタはリジーに抱きつく。

 新郎の前でやる事ではない気もするが、どうせこれから先はジョイスが一番になるのだからこれくらい許されるだろう──などと思っていると思わぬ方向へ話が転がった。

「あ、そうだわ! アンがお嫁に行く時は今度はわたしに介添え役をやらせてね?」

「それはいいね。それなら私が立ち会い人になるよ」

「へっ? あたし?」

 相手どころか、そもそもまだ適齢期でもないのにそんな話になってアンリエッタは驚いた。

 だが、よく考えればリジーの年齢と同じになるまであと五年。遠いようで実は近い未来かもしれない。

 何となく村の同世代の少年達の顔を思い浮かべる。だが、残念な事にどれもアンリエッタから見ると頼りないの一言だ。

 まだ子供なのだから当然なのだが、五年程度で劇的に変わるとも思えなかった。どちらかと言えば、アンリエッタが逞しすぎるのだが。

(あたしが結婚……? 出来るのかな……)

 齢十二歳にしてそんな現実的な心配をしている事に気付いているのかいないのか、ジョイスとリジーがアンリエッタの手を取って立ち上がる。

「さて、そろそろ行こうか。少しくらい手伝っても罰は当たらないだろうし」

「そうね。そう言えばアン、おじさんにその服を着た姿見せてないでしょう?」

 左右を今日の主役に挟まれ、何か違うような気がしながらも、二人がとても幸せそうだったのでアンリエッタも嬉しくなった。

(あ、そうだ)

 そう言えば、心配と怒りが先に立って大事な事をすっかり伝え忘れていた。

「リジー、聖父様」

 呼びかけると二人が顔をこちらに向ける。アンリエッタは彼等の幸福を心から願って口を開いた。


「結婚、おめでとう!」

最後までお読み頂きましてありがとうございます。

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