第三十六話:背尾つかさは真紅のクマを召喚する
染め油。買ったはいいものの、結構臭い匂いがする。なんなんだろう、これ。
オリーブオイルじゃないのは明らか。うん、確定的に。少し重い粘度の高い液体だ。べたつきそう。
話には聞いた事があるニカワとかいう物だろうか。ちょっと違うっポイけど、油ともなんだか違う。ノリみたいだ。塗るタイプの。
このドロドロの油に混ぜる鉱石粉だけど、油と一緒に買った乳鉢で鉱石を砕いたものを細かく細かく粉にしていく……と聞いていたのだけど、いつのまにかひいろ様がやってくれていた。ありがとう!
腰に手を当てて胸を張るポーズのひいろ様をなでなでする。『いいってことよ』と全身で表現しているみたいだけど、もこもこのクマが胸を逸らしてそのまま後ろに倒れている姿が可愛すぎる。
粉になった赤い鉱石を染め油に少し混ぜて、まぜまぜ。また少し混ぜて、練り練り。
ひいろ様が羨ましかったのか、クッキー君が『ぼくがやるやる』とばかりに私の隣に座って袖を引っ張る。楽・園!
そのままクッキー君に混ぜるのを任せて、少量の粉を混ぜていく。少し足す。混ぜ混ぜ。少し足す。こねこね。また少し足す。練り練り。楽しい。
『ぼーくーも!』とわたしのスカートを引っ張ってアピールするひいろ様。ひいろ様は椅子に座ると机に手が届かなくなるので、膝の上に抱っこ。
三人で楽しく鼻歌を歌いながら練り練りしていると、絵の具がキラキラ光り始めた。
え、なに、何かの臨界点を越えたの? あ、もしかしてこれが祝福とかいうやつかな。
「よくタバサさんが言ってる『祝福』ってこのキラキラしてるやつ?」
この世界の法則。【好きこそ物の上手なり】自分の好きな仕事や作業は、ドンドン上手くなっていく。そして優れた技術で作り上げたものには祝福が授けられる。
見ればわかるとは聞いていたけれど。見てわかるほど質が高くなるとかじゃなくて、色が違うのね。うっすら光っている。今まで回復薬でもかなり上手にできたものはあったしビビッドな色になったものはあったけれど、光るほどじゃなかった。これは大成功という事なのだろうか。
でも、絵の具なのに塗った後も光ってたら困るなぁ。蛍光色どころか発光しちゃうと完全に別の色だよ。
腕を組んで困ったなーポーズを取っていると、ひいろ様がわたしの鞄の中に頭を突っ込んで何かを取り出してくる。
絵筆だ。一緒にナオリ草を取りに行って茶色い絵の具で道を描きクッキー君が出てきてくれた時の絵筆、ずっと鞄に入れっぱなしだった!
「これで絵を描けっていう事?」
(コクコク)
「絵は苦手なんだけどなぁ」
とはいえ、魔法を使うとクマちゃんが出てくるわけで。絵の具を使う事がクマちゃんがそのまま居続けてくれる条件だと思っているので、当然やってみるの一択。
できたばかりのキラキラ光る赤い絵の具を、たっぷりと絵筆に付ける。
竈に向けて、下から上に。炎をイメージして筆を動かす。
「火よ、赤い火」
えっと、色の指定、形の指定、動作の指定、だったよね。火はお湯を沸かす為に着けたいけれど、この赤は火の不完全燃焼の色にしては彩度が高い気がするんだよね。どうしよう。
「赤よ、赤。可愛いクマになって、わたしの家に来て」
火をつけるのが目的じゃなくて、なんでもいいから魔法を使ってクマちゃんに来てもらうのが目的なのだ、いっそ火という単語は抜いてしまおう。
筆は自然にくるりと円を描き、円の二時と十時のあたりでも円を描く。顔と、耳。中央につぶらな瞳。そしてお鼻。
「友達になって」
ひいろ様から受け取った絵筆で描いたクマの絵は、空中でドンドン輝きを増し、乳鉢の中の絵の具から何本もの真紅の帯が伸びていくと手とお腹と足。そしてしっぽが描かれていく。
ポンと光がはじけて現れたのは、身長30cmほどのちいさな赤いクマ。
その子が、片足を引いて片手を胸にあてて華麗にお辞儀した。紳士だ!
「可ぅ愛ぅぃいぃっ!」
キリっとした執事の様なポーズを取ってきめているのに、お腹はまるまるてっぷりだし、毛皮が寝ぐせみたいになってとんがっていたり、そんな所も愛らしい。
つやっつやの完熟イチゴのような色だけど、くせっ毛の毛皮がぴょこんと尖っている所があるせいで、三角形のチョコレート菓子を連想してしまう。
「君のお名前はアポロにしようか」
さっそく膝の上に抱き上げながら、今度チョコレートも作れたらいいなと野望を募らせた。
だってね、もっと絵の具を作ってクマをたくさん呼び出すのなら、お菓子をたくさん作らないと足りなくなるものね!
無自覚チート! 異世界チートのてんぷれですよね!




