15話 昇った先
振り落ちる飛沫の中を駆け抜ける感覚を、ローリエは味わっていた。
……これは中々……逆らう力が強いわね……!
後ろ向きに進もうとする道の上を無理やり駆けるような感覚だ。
それを、アクセルの背中にいるだけで、ローリエは感じている。
実際に走っているアクセルは、自分以上に抵抗を感じているだろう。けれど、
「――!!」
止まる事は無い。あっという間に中間にある「2」に触れ、更に飛ぶ。
……ここまで四秒もかかってない……!
あっという間の速度だ。
チェックポイントに触れる際、片手を離すだけでも、怖い程に。けれど、
……そこで怖がったら、頑張ってるアクセルに申し訳が立たないでしょう……!!
その気持ちと共に、ローリエは、目をつぶることなく、前を見ていた。
だから、それ(傍点:それ)が来るのも、分かった
「……!? 上から木が……!」
降ってくる。
上流のどこかで落ちたのだろう。
枝というには太すぎる、丸太と言っていい木の一部が、上空に見えたのだ。だが、それはアクセル達にも見えていたようで、
「ローリエ、デイジー。このままいくぞ。捕まっていてくれよ」
「え、ええ」
「おうよ、親友! 思う存分動け! 姫様の固定は任せろ!」
デイジーがそう言った瞬間、自分とアクセルの身体を結ぶ縄が一層光輝いた。
強化されたのだろう。
それを見てからアクセルは、
「飛ぶぞ……!」
今までで一番の跳躍をした。
まるで、弾丸が発射されたように、真上へと飛び上がり、そして、体を回転させ、
「……!」
飛び蹴りの要領で、丸太に足を激突させた。
――ドパン!
という派手な音と共に、アクセルの脚は、そのまま濡れて重いはずの樹木を砕き切った。
当然、足を振り回したことで、その衝撃は自分にも伝わり、身体が振り回されようとするが――
――ググッ
と、デイジーが作った縄と、自分の身体をガッシリホールドしてくれるアクセルの手のお陰で、離れることは無かった。
そして、樹木を蹴りはらった先には、
「ローリエ! 最後だ」
「……ッ!」
オレンジ色に光る「3」があった。
即座に自分はそれに触れる。すると懐の、神書は輝きを見せて
【チェックポイント、全達成】
との文字を刻んだ。
「良いわアクセル! このまま、あの光の渦に入って」
「あいよ!」
アクセルの跳躍により、自分たちは光の渦に突っ込んだ。
そしてローリエたちは、光に包まれていき――、
【道程奉納・完了。三名を簡易神域へ】
滝の直上から、光と共に姿を消すのだった。
†
滝の上の渦に突っ込んでから数秒。
最初に俺の目に飛び込んできた景色は、
「……森と泉?」
新緑の木々が辺りを囲む、静かな泉だった。
先ほどの大瀑布の轟音が嘘のような静けさ。
空気もどこか透き通っているような感覚がある。
足元には地面があり、俺はそこに立っている。
湖畔、というべき場所だ。
そして、目の前にあるのは、浅瀬だ。
嵩としては、足首程もないだろう。そこの砂利まで見える透明な水があった。
先ほどまで近くにあったはずの滝は、姿は勿論、音すらなく。静寂な泉のみがあった。
「やった……わ。ここが、精霊神の泉よ」
静寂の中で、隣からそんな声が聞こえた。
見れば、これまたいつの間にか背から降りていたローリエが、地面に座った状態で、涙を目に浮かべながら泉を見ている。
その上で、先の台詞が出たという事は、
「姫さん。到着できたのか、オレたちは」
俺の隣で、人間形態に戻ったデイジーが聞くと、ローリエはこくりと頷いた。
「ええ。ココこそが、ずっと望んでいた『精霊神の泉』よ」
ローリエは、とても嬉しそうにそう言った。そして、
「ありがとう、アクセル。ここまで連れてきてくれて……」
こちらの手をぎゅっと掴んできた。
感謝の気持ちが伝わってくる。
「いやいや。運び屋としての仕事を、果たせてよかったよ。……さあ、立てるか」
「ええ……」
握手しつつ、彼女を立たせて、魔導椅子に座らせる。
……いつまでに地面に座っているのも具合が悪いだろうしな。
と思いながら、ローリエの補助をしていると、
……ん?
目の端。
ふと、景色にそぐわない、不思議なものを見つけた。
「なあ、ローリエ。あの甲冑は、なんだ?」
それは鈍い銀色をした、大柄な全身鎧だ。
鎧としては少し古いが《騎士》などの職業者が愛用する板金鎧タイプのもの。
それが、泉の彼方に起立している。
周囲が自然物だからこそ、金属の色が浮かんで見えた。だから聞いたのだが、
「え……分からないわ。なにかしら」
ローリエは首を傾げた。
彼女でも知らないようだ。
「前に来た時は無かったのか?」
「なかったし。今まであんなものがあったっていう記録もないわよ」
「姫さんがそういうってことは、誰かが忘れてった物、ってことはないよなあー。あんなの忘れたら、目立つし」
「ええ。忘れ物だなんて出来るほど、ここに入って気を抜くことはないもの。神様の領域なんだし」
ローリエは、ううん、と目を細めて鎧を見たあと、
「うーん、とりあえず、分からないものは置いておいて。やるべきことを済ませましょうか」
「ああ、まあ、そうだな」
ここに来た目的は、そもそもローリエの身体を治すためだ。
であるならば、その目的はさくっと達成してしまうのが吉だろう。
「ちなみに治す方法はどうやるんだ?」
皮算用になるのも良くなかったので、具体的な事はここに来てから聞こうと思っていた。だから聞いたら、
「この泉に二十四時間以上、顔から下の身体を入れるのよ。それで、泉の魔力を体に循環させて、よどんだ場所を調整する感じね」
「足だけじゃなくてほぼ全身浸かるのか」
「ええ。この手の呪いって全身を蝕んでいて、症状が足に出ているだけだから。そうしないといつまでたっても治らないの」
「姫さんの言う通り。錬金術で薬を作るときも、そういう所気にするんだよなあ」
ローリエのいう事にデイジーも同意している。
医療系の知識は、基本的には応急処置程度しかないので、呪いの治療など専門的な事を聞くのは何とも面白いものだ。
そう思いながら、
「じゃあ、このまま浅瀬に寝転がる感じか?」
「そうね。水温も、これまで通りなら、そこまで低くないだろうし。……ちょっと触って確かめてみるけど」
魔導椅子を操りながら、ローリエは湖畔の淵に立つ。
そして手を伸ばし、泉の水に、指先を触れさせた。
その、瞬間だった。
「――!」
泉が、光を放ったのは。
そして、泉から――というよりは、この空間から、声が放たれたのは。
「試練未達成により――【天罰覿面:強制排除】!」
瞬間、泉が暴れた
正確には、ローリエが触れた箇所の水が一気に集まり、触手のようなものになり、
――バチン!
と、魔導椅子事、彼女の身体を弾いたのだ。
「きゃっ……!」
「……!」
俺は咄嗟に彼女の背後に回り、吹き飛ばされた魔導椅子と彼女の身体をキャッチする。
「大丈夫か」
「あ、ありがとうアクセル。ええ、杖でガードしたから、何ともないわ」
見れば彼女は咄嗟に体の側面に杖を構えていた。
だから、打撃によるダメージはなく、吹き飛ばされただけで済んだようだ。
けれど、
「どういうことだ?」
泉に浸かれれば治るという話だったが、これでは浸かれるようには見えない。
そう思ってローリエに問うと、しかし彼女も戸惑っているようで、
「わ、分からないわ。今までこんなこと、無かったもの」
「泉に弾かれる事か?」
「ええ。そうよ。私が代替わりした時も、この泉に入って沐浴したけれど、こんな現象は起きなかったもの」
ローリエは、驚き半分、分析半分というような目で言ってくる。
彼女にとってもこれは予想外であることは分かった。
そして、俺としても、今ので気になった点があり、
「『試練未達成によるペナルティ』って声が聞こえたな。ってことは、まだ神の試練とやらは終わってないんじゃないか」
「ええ、私も、そう思うわ」
ローリエも同意してくる。
そうでなきゃ、あのような声が聞こえてくるはずもないだろうし、さもありなん、という所ではあるが。
どういうこと何だろうなあ、と思っていると、
「なあなあ、親友。オレは、触れられるみたいだぞ」
デイジーが、そんなことを言っていた。
見れば、彼女はその手で泉の水に触れているが、
「……弾かれてもいないし、さっきの声も聞こえてない、か」
「ああ。なんかローリエが触った瞬間に変な魔力が発生した感じがしたから、オレだったらどうだろうと思って試してみたんだけど。全然、魔力が出ている感じがしないんだ」
「ふむ、なるほど?」
デイジーが平気で、ローリエだと弾かれる。となると、
「俺の場合はどうなるんだ?」
俺も泉の水に触れてみた。その結果、
「……」
何も起きなかった。
「デイジーと同じか」
なんだったらざぶざぶと泉の中に入ってみる。
足まで浸かった。
けれど、やはり何も起きない
「ああ、魔力が発生したりもしないし。水の変化もないな」
「うーん、アクセルたちのような同伴者は別枠扱いなの、かしらね」
ローリエがそう言ってくる。
確かに開始時、あくまでメインはローリエだという文章が神書に刻まれていた。だから今回の件は起きたのかもしれないが、
「だとすると、ローリエが触れた時に出た魔力ってのが気になるな」
「ああ、それなんだがな。泉の魔力は勿論、あの鎧からもちょっと反応がしたんだよ」
デイジーが指さした先には板金鎧がある。
だが、先程とは少し違いがあり、
「……近づいてきているな」
一歩、また一歩と、機械的な動きで、板金鎧がこちらへ歩を進めていたのだ。
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