11話 乗り越える
ローリエは、眉を顰めてその光景を視認した。
「え……ここが崩れるなんて……一体……」
このトンネルは、精霊都市でも指折りの《坑夫》や《職人魔術師》、《設計士》たちの力を結集させて、比較的最近作った頑丈なものだ。
ちょっとやそっとの衝撃で壊れる事は考えられず、耐用年数的にもまだまだ、壊れる筈がないもの。
それが壊れた要因があるとすると、
「……ウロボロスの影響、か?」
「多分、そうね」
自分と同じ発想に至ったアクセルの言葉に、ローリエは小さく呟く。
奴が襲っていたり、暴れていたりしたのは決して都市部だけではない。
こういう場所でも暴れて局所的な地震が起きていたりしたって、何らおかしくはない。
……あの巨体にしてはむしろ被害が少ないくらいだから。もしかしたら直接暴れた訳じゃないのかもしれないけれど……
見た感じでは地滑りのような状態も発生している。
魔力を食いつくされたことで木々の根が弱まり、トンネルを崩すほどの勢いで滑ったのかもしれない。
ただ、今はそんな仮定を考えている場合ではない。
原因はこの際、あとから解明するとして、今大事なのは、
「チェックポイントは、この山の奥――というか、このトンネルの奥にある、平地なのよね」
地図上で示されたポイントは、山々に囲まれているように存在する平地だ。
そこを通らなければいけない。けれど、
……周囲は山に囲まれているから回り道も出来ないのよね……。
他にトンネルはない。
それが崩れた今、自分が取るべき手段は――
「じゃあ、登るか」
こちらが言おうとする前に、アクセルがそう言った。
「え……」
あまりに軽く言われたことに、思わずローリエは聞き返した。
「上るって、ここを?」
「うん。ここを」
どうやら聞き間違いではないらしい。
「見ての通り、ほぼ崖よ、ここ」
「だな。けど、そうするしかないだろう? トンネルを掘るのが、早いっていうんなら、そうするけども……もっと崩れる可能性すらあるし。もしくは、他に上りやすい山はあるのか? もしくは、チェックポイントに最短で行ける山とか」
言われ、ローリエは地図を見て、そして今までの記録にあった地形を頭の中で合わせて考えた。そして結論は直ぐに出る。
「……ううん。他の山は整備されてなさ過ぎて地理が分からないし、基本的に標高が高いから。正直、登れるのであればこの山を登るのが一番だと思うわ。ただ、傾斜は、見ての通りだけど……行けるの?」
最短距離である事は間違いないが、元々はトンネルを作らねばならないほどの山だ。
だから問うたのだが、
「問題ない。触れた感じ、山肌もしっかりしているところが多いしな。安全なルートは見て分かるし」
トンネル近くの岩肌を触りつつ、アクセルはトンネルの上を見ていた。
「そこまで分かるの……?!」
「まあ、こういう山は、竜騎士時代は何度も登ったからな。……あと考えるべきは登坂姿勢だが……背負うのが良いんだけど。構わないか」
「え……?」
「いやだって、魔導椅子でここはきついだろう」
アクセルはこちらが座る椅子を見ながら言った。
「私を背負って、いけるの?」
「ああ。一人二人抱える位なら平気だ。デイジーは――」
「――あ、五分程度で良ければ獣形態に戻れるから。親友のポケットに入っていいか?」
「了解。じゃあ、合図で獣形態になってくれ」
「オーケーだぜー」
デイジーとの話し合いは、それだけで終わった。
けれども、
「5分で、この山を登り切るつもり……?」
今目に見えている岩肌だけでなく、それよりもまだ上に山は続いている。
少なくとも普通に登ったら数時間は掛かると思うのだが、
「んーというか、この距離なら、そんなにもかからないと思うぞ」
アクセルはそう言うのだ。
「ただ、念のため、道を聞く場合もあるから、背中に乗ったまま案内してくれると助かる」
「わ、分かったわ」
こちらの答えに微笑で頷いたあと、アクセルは近づいてきて、背中を向けてしゃがんだ。
「さ、乗ってくれ」
こちらが足を動かさずにいいように、膝をつくようにした姿勢だ。
「あ、ありがとう」
そんな彼の背を手繰るようにして、ローリエはゆっくりと体を預けていく。
アクセルの肩に手を置き。
足は腰の周囲に回す。
そうすることで体重が、ゆっくりとアクセルの背中に乗せられていくが、
「……思った以上に、肩も背中もガッシリしているというか、硬いのね」
自分が乗っても、身じろぎ一つしないというか、本当にビクともしなかった。
「ああ。だけど、乗り心地はそこまで良くないぞ」
「そんなことないわよ。充分安心感あるもの」
「お、話が分かるなローリエー。親友の身体に乗ってると、安定感がちげえからな」
言いながら、デイジーもこちらに近づいてくる。
「好評なようで何よりだ。それじゃあ、デイジー」
「あいよ。変わるぜ」
デイジーは獣の姿になると、すぐさまアクセルの肩に乗った。
「姫さんが落ちないように、もしもの時はオレもサポートするぜー」
「頼んだ。じゃあ、登るか」
そして、そう言った瞬間だった。
――ドッ!
という音共に、地面が一気に遠くなったのは。
「――ッ!?」
次に感じたのは風だ。
頬や髪に、前と上から風が来る。
そう思った時にはもう、アクセルの足は、トンネルの上の山肌に付いていて、
「さ、行くぞ」
一気に、坂を上り始めたのだ。
地面を――否、急斜面を這うように。
アクセルは前傾姿勢で、しかし、こちらの身体を腕でしっかりホールドしながら突き進む。
……魔導椅子でも出ない速度よ、こんなの……!
そして、椅子に乗っている時よりも視点が高い。
それこそ、久しく味わっていなかった、自分の脚で立って走る視点に近いものがあった。
ただ、速度の感覚は自分が持っているものと全然違うが。
「こ、こんな速度で動くの?」
背負われている中で思わずつぶやくと、肩のデイジーが微笑みと共に首を振った。
「いやあ、親友にしちゃ大分ゆっくりめだぜ」
「これで!?」
こんな馬車のような速度で斜面を走っているのに、それでいて、木々の枝葉が自分に当たる事もない。
……背負っている私に当てないように、空間を把握しながら走っているの……!?
理屈は分かる。
だからこそ、とんでもない技術で走っているのが分かった。
そんな二言三言を話して、感想を抱いている間にも、
――ドン!
という音と共に、景色がどんどん流れていく。
一歩で十数メートル飛ぶ。
音が鳴るごとに、それが連続していく。
そんな感じが続くのだから、当然と言えば当然だが、
「山頂踏破――っと」
あっという間に、山の向こう側が見える位置までたどり着いた。
†
山の上と言えど、木々は多く、周辺の見通しは悪い。
ついて直ぐに俺はそう思った。
だから、
「ローリエ、次はどっちだ?」
背中のローリエに聞いた。すると、
「あ、あっちよ。ちょっと、木々の少ない平地が見えるでしょ」
肩越しに指をさしてくれた方向を見る。
確かに、木々の合間から、平地が見えた。だから、
「おお、意外と近いな。なら、このままいくぞ」
「え……ひゃあ!」
俺はローリエを背負ったまま、滑降する。
先ほど上ってきた斜面よりも急ではない分、加速も容易だ。
斜面を蹴り、下方向の加速を得て、そして木々と枝葉を回避しながら突き進んでいき――
「――到着、だな」
数秒で、俺は山を越えた先の平地へとたどり着いた。
そして俺たちの視線の先には、鮮やかな紫色をした花々と、
「あ、チェックポイント……」
オレンジ色の光の姿があった。
「あ、アクセル。一旦降りて触るわ」
「おう、了解」
俺はチェックポイントの近くまで行き、やや身体を強張らせたローリエを降ろした。
彼女はそのまま神書を開き、片手で光に触れた。そして、
「……うん。これで、ここのチェックポイントは終わりで、次はあの山の向こうになったわ」
神書を見ながら、ローリエは、来た道とは反対側の山を指さした。
「なるほど。……それじゃあ、次のチェックポイントに進むために。もう一度、登山と下山するか」
「え、ええ、よろしくお願いするわ」
そうして、俺はローリエを背負って、再び山の方へと進むのだった。
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是非一度、読んで頂ければ嬉しいです。




