20話 襲撃即断
昼過ぎ。
魔術研究所の職員は、草原にて精霊道安定化のための実験を行っていた。
大量のの魔石を置いて、少しでも精霊道の維持を続けてみようという実験だ。
今まで理論立てて行ってきた実験に比べると、かなり単純な部類に入る内容ではあるが、やってない事でもある。
やってないことをやらないうちから否定するのは、研究所の者として肯定できるものではない、という事で、職員たちは、草原にコンテナいっぱいに詰めた魔石を置いて回っていた。
コンテナには、魔石から魔力を絞り出す術式が刻まれていて、これを置くと空間に魔力がばらまかれる仕組みだ。
仮に精霊道が開いたのであれば、そこに重点的に魔力を行かせる術式も刻んである。
「これで、精霊道が開いたとき、安定してくれるといいんだがな」
術式の用意を手伝った《魔法使い》の男職員は、コンテナを見つめつつ言葉をこぼす。それに対して、隣にいた職員達も苦笑と共に頷く。
「はは、そうそう上手くはいかないと思うけどな。でも、何かが好転してくれると有難いよなあ。……あのすっげえ速度の運び屋さんのお蔭で、少しは事態も動き出してくれたしさ」
「だよなあ。変化が起きてるんだし、今回も何らかの結果が出ると良いよな」
「うん。まあ、次に開く夕暮れ時を待ちつつ、違うところにも置きに行こうぜ」
そんなことを駄弁りながら、職員達がコンテナから数歩離れた時だった。
――カッ
彼らの背後に光が生まれた。
それは、長方形の、扉のような形をした光だ。
「え……?」
「なんでこのタイミングで精霊道が開いているんだ?」
先程昼間の精霊道は開かれたばかりだ。
次に開かれるのは夕方のはずだし、こんなハイペースで開かれた例は一度もない。
……これは、新しい実験結果が生まれたという事か……?
魔法使いの男はそう思いながら、精霊道の光を見た。そして、気づいた。
「お、おい。なんだ、あれ……」
光の中に、八目を持った、真っ黒な龍の頭が見えたのに。
さらに、その龍の頭は蠢き、ぬらりと草原へ出てきたのだ。
黒いウロコで覆われた首を携えて、
「首長の、龍型の魔獣が出てきた……?」
職員の中の一人がそうつぶやいた瞬間、
「――グオオ……!!」
「うおお!?」
首長の龍は、魔石の入ったコンテナに食らいついた。
一瞬の出来事だ。
大の大人が二人で抱えるレベルのコンテナを、そのまま一飲みにした。
「お、おいおい、何なんだ、あいつ……? 用意していた魔石を全部、食らいやがった」
しかし、龍の動きは、それだけでは止まらなかった。
「……!!」
首長の龍は、その八目の一つをこちらに向けた。そして、
「――!」
光の弾を生み出し、飛ばしてきたのだ。
「うおお……!? 【アース・シールド】!!」
咄嗟に一人の職員が、魔法を行使し、目の前に土の壁を生み出した。
土の壁は光の弾を受け止め、一気に砕け散る。
「こ、この魔獣、こっちも狙ってやがる……!」
「ああ、迎撃するぞ! ――【ファイア・ランス】!」
職員の一人は、砕けた土の壁の破片を振り払いながら、呪文を唱え、炎の槍を生みだした。
中級の炎系魔法。龍系やリザード系の魔獣には、効果的なものだ。
それを的確に、八目を狙ってはなった。だが、
――バフッ
という音と共に、炎の槍は、当たった瞬間掻き消えた。
「これは、弾かれた……!?」
「中級魔法を弾くってことは、ただの龍種じゃない……!!」
職員が、その一言を上げると同時。
「オ……!!」
龍の首が縦に、振るわれた。
職員たちを、跳ね飛ばすように。
「ぐおっ……?!」
「く、皆……!!」
巨体にしては早すぎる動きに、《魔法使い》の周りにいた職員たちは思い切り跳ね飛ばされた。
更に、そのままの動きで首長の龍の首は動いていき、
「……今度は、私を狙って……!」
先程魔石を飲む際に大きく開いた口が、魔法使いに向かった。
獰猛な光をたたえた牙が向かってくる。
魔法使いの職員は悟った。
このまま食われるのだ、と。
だが、その瞬間、
「ここで何をしている……!」
重みをもった声と、
――ドゴン!
豪快な打撃音が聞こえた。
「グオオオ……!?」
さらに、首長の龍があげる悲鳴も。
「げ、ゲイル様……」
それらはゲイルが黒い頭を横合いから殴りつけたことによるものだった。
そしてゲイルは、そのまま殴った拳を前に構えて、
「龍か」
ただ、一言いうと、そのまま走り出した。
「オ……オオ……!!!」
首長の龍はその動きに反応し、再び首を振ろうとするが、
「逆鱗が見えているぞ……!」
それよりも早く直下にもぐりこんだゲイルは、走りの加速をそのまま使うようにして、左拳を直情に向かって突き出した。
「【貫通拳」
そのまま左拳は首下にある龍の逆鱗を砕いた。さらに威力は止まることなく、、
「ギ……!」
その奥にあるコアを破壊したのだった。
●
「や、やった……!」
「さ、さすがは、勇者様だ……!」
職員らの歓声を聞きながら、ゲイルは目の前の龍を見ていた。
逆鱗の奥にあるコアを破壊されれば龍は死ぬ。それが常識だ。
ゆえにこのまま、目の前にいる龍は、塵のように身を崩すのだと、そう思った。だが、
「グオオオ……!」
黒い鱗の龍は、その身を保ったまま、身をくねらせて暴れ始めたのだ。
その身が崩れる様子は一切、なかった。そればかりか、
「再生している……?」
砕かれたコア、そして逆鱗の部分に、黒い光が灯って、そのまま周辺の肉を新造し始めたのだ。
「な、なんで死んでないんだ、この龍……!」
職員らもそれを見て、驚きを露わにしている。
ということは、彼らにとっても見たことがない魔獣なのだろう。
……この街にいる者からしても、初見の魔獣か。
ならば、対応を考えて動かねば。そう思ったのと同時、
「――ギ……!!」
黒の首長龍はその鳴き声を一つ上げると、体をくねらせたまま、精霊道へと戻っていく。
そのまま、その身を、精霊道の向こう側へと隠していき
「――」
そして、首長龍の身が、すべて向こう側へ行った瞬間、開いていた精霊道は、閉じた。
草原に残るのは、龍が暴れた後の、風だけだった。
「逆鱗を破壊しても生きているか。……何者だ、あいつは」




