9話 各地の動き
星の都クレートにある転職神殿。
そこで転職の神を奉る巫女は、今日もいつも通り神殿の掃除に勤しんでいたのだが、
「こんばんわー」
その日の夜。いつもとは違う顔が、神殿の事務所に顔を出した。
「あら、ファングさん、お久しぶりです」
聖剣の勇者、ファングだ。
彼は傍らに軍服をまとった、自らをファングの副長と名乗る女性を連れて神殿へ来ていた。
「何か月ぶりですね、転職巫女さん。……あ、いきなりでなんですけれども。アクセルさんは星の都に戻って来られてますか?」
「え? 運び屋のアクセルさんですよね? ……まだこの街では姿を見てはいませんし。戻られていないと思いますよ?」
確証はないけれども。街に何度か訪れた時、空飛ぶ運び屋がいるという話は聞かなかった。だから、今は星の都にはいないはずだ、と巫女はファングに伝えると、
「そうですか……。これは、また後を追うしかありませんか。一応、噂では、エニアドに寄ったという所までは聞いているので、そこにいけばあるいは……という感じですかね……。一度行ってみますか……」
「あ、エニアドに行かれるんですか?」
「え……? ええ、そのつもりでいますが」
ファングの言葉を聞いて、巫女はふと思いついたことがあった。
だからそれを声に出した。
「でしたら、少し厄介な事情を抱えている方がいらっしゃいまして。その方を連れて行ってあげてくれませんか?」
「事情?」
「はい。ええと……ご本人を連れてきますね?」
そう言って巫女は、事務所の奥の生活スペースに向かう。
そこには、一人の男性が掃除をしていた。エニアドの土地神に仕える《御子》の男――ルイだ。
「む、巫女殿。どうかしたのか?」
「ルイさん。ちょっとこちらに来ていただけませんか? ちょっとエニアドに向かわれるという剣の勇者様がお越しになったので、色々とお話ししてもらえればと思うんですが」
「なるほど。あいわかった」
ルイは頷くと、掃除の手を止めて、こちらへ歩いてくる。
そして《巫女》は、ファング達の前にルイと共に立った。
「彼が、その事情を抱えた方ですか?」
「はい。エニアドの土地神に仕える御子のルイさんです」
巫女が紹介すると、ルイは一度、頭を下げた。
「お初にお目にかかる、剣の勇者殿。エニアドの考古学ギルド所属、《御子》のルイだ」
「どうもどうも。初めまして。ファングです。それで、エニアドの方がどうしてここに?」
「ああ……ここまで土地神様の命によって来たのだが……その命がいつの間にか達成されていたようでな」
「え? そんな事があるんですか?」
「あるんだ。……ちょうど先ほど貴方達が話題に出していた、運び屋アクセルという方と土地神様を面会させるというものだったのでな」
その言葉を聞いただけで、ああ、という吐息がファングから漏れた。
「なるほど……貴方もアクセルさんの早さの前に、色々とあたふたしている方でしたか。その気持ち、分かります。ストーキングするのがどれだけ大変な事か……」
「う……む……? 何か意味合いが、ちょっと違う気がするのだが……」
「ああ、じゃあ、ストーキングというよりは、執着というか粘着というか、まあ、そっち系の感情なんですが。その感情のままに後を追うと大変な相手ですよ、アクセルさんというのは。そもそも――」
「あ、あの! なんだか話がズレてきたんですが、とにかく、このルイさんは、エニアドに戻るので。その道案内ついでに、同行させて貰えればと思うんですよ」
このままだと何だかひどい話になりそうだったので巫女は強引だと思いながらも方向を修正した。
すると、話の方向修正がどうにかうまくいったらしく、
「うん? 同行、とはこれまた何故に? 普通に戻る事が出来ないのですか?」
ファングのテンションが少し落ち着いた。良かったと思いながら、巫女はルイに付きまとう状況の説明をした。
「いえ、大丈夫だと思うのですが。ここに来る際に、なんでも、狙われて暴行を受けたそうで」
「ああ、魔人の配下を名乗る者どもに、な」
そして、ルイからその言葉が出た途端、
「なるほど?」
ファングの雰囲気が変わった。
「ッ……」
先ほどのテンションの上下とは質が違う。
明るさや、暗さといったものではない。
笑みはあるが、しかし、重さを感じる様な。プレッシャーのようなものが、彼からは発せられていた。
近場にいた、ルイが息を呑むほどに。
「魔人ですか。それは……良くないですね」
「そうですね。――ですが大将。ちょっと剣気を抑えた方がいいですよ。一応、ここは神殿。神様の身許なのですから」
副長のそんな言葉を聞いて、あ、とファングは声を上げた。
それだけで彼から発せられる重圧がふっと消えた。
刹那、巫女は背筋から汗が流れるのを感じた。
重圧で汗を出すことすら許されなかった体が今になって反応しているかのような、じんわりとしたものだ。
「すみませんね。ついつい。昔の癖で」
「勇者の方々は魔人関係になると、特にピリピリなさいますからね。……申し訳ないです。巫女の方々」
「い、いえ、大丈夫です」
そう答えると、ファングは今までと最初と同じような、人懐っこい笑みを浮かべた。
「ああ、良かった。なんにせよ、お話は了解です。一緒に行きましょうか。丁度、最新鋭の魔導馬車に乗ってきたところですし、各段の速さで安全な移動が出来ますしね」
「そ、そうなのですか」
「馬車のスペースはまだまだ開いていますし、定員数的にも全然オーケーです。……あ、でも、エニアドに直行するわけではなく、海港都市シルベスタや神林都市イルミンズルにもよらせて頂く予定なのですけれど、それでも宜しいでしょうか? 馬車の速度的にそこまでかからないとは思いますが」
「あ、大将の言う通り、馬車の性能は保証しますよ。少なくとも、一般的な馬車よりも早いですから。あとは、そちらのルイという方次第ではありますが」
副長の言葉に、自分と同じように汗を流していたルイは、少し考えた上で、けれどしっかり頷いた。
「全く問題ない。むしろ受け入れて頂いただけでも感謝だ、剣の勇者様。歩くよりも他の馬車に乗るよりも良いというのなら尚更な。……この件は依頼として、きちんと報酬の方も用意させて頂こうと思っているよ……」
「ありがとうございます。でも、それは気持ちの分を、国に治めて貰えればいいですよ。国民を助けるのは、軍の役目の一つですからね」
「ええ。魔導馬車を出して移動しているのも、都市間の街道が整備されているか確かめている意図もあるので。そのついでですし」
「そうなのか。了解した。……とはいえ、気持ちの問題なのだから、安全と時間を買わせて貰った分、しっかり払わせて貰おうとは思う」
「はは、まあ、良い感じにお願い出来ればと」
どうやら紆余曲折あったとはいえ、話はまとまったようだ。
「今回は、有り難う御座います、ファング様。助かりました。私は……最近神様の動きが活発で、中々神殿から離れられないので」
「いえいえ。さっきも言いましたが、魔導馬車のテストついでですから」
「最新鋭の魔導馬車……一度私も乗ってみたいですねえ」
「時間が出来た時に、王都に着て頂ければ乗れると思いますよ。まあ、流石に今、オレが使ってるものより性能を落として安全性を上げた物でしょうが」
「今乗っているのはそんなに性能全振りなんですか?」
「ええ。水の都まで数日も掛からない位には早いですよ」
「それはまた……凄いですね」
水の都までは坂や山道が多いので、普通の馬車ならばもっと時間が掛かるというのに。
「荒れている道だと制御が難しくなって、吹っ飛んでしまうので、街道がある場所限定の速度ですけどね。中々の物だと思いますよ。……まあ、そこまでやっても、アクセルさんの速さには全然かなっていないのが現状なんですがね」
「あー……まあ、アクセルさんは、神様も異常すぎて面白がっているほどですからね」
「ですよねえ。……エニアドから先はあまり街道が無いから、出来ればそこにいて欲しいんですが。……まあ、無理かなあ」
「あはは……まあ、追いかけるのは至難ということで」
「ええ。まあ、難しい方がストーキングの甲斐もありますから!」
「大将。そろそろ発言がやばいんで、抑えますよ。物理的に」
副長に無理やり口を閉じられたファングは、むう、と一度喉を鳴らした後、
「まあ、ではこの辺で。失礼しますね、巫女さん」
「はい。それではまた。ルイさんの事も、よろしくお願いします」
「了解です。剣の勇者として、依頼を受け付けましたとも」
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