エピローグ
憑虎君の討伐から数日が経って。
「本当に、もう行ってしまうのですね、アクセル殿」
青々とした葉を付けるようになった神樹の下で俺は、モカやシドニウスから見送りを受けていた。
「ああ。充分休めたし、楽しませて貰ったからな。シドニウスやモカさんは身体の方は平気なのか」
「はい。憑虎君による毒の影響がすっかり消えたましたから」
「神樹も皆も、元気よ。まあ、これまでのどんちゃん騒ぎを思い出して貰えれば分かると思うけれどさ」
モカの笑いながらのセリフに、そうだな、と俺も笑みを浮かべる。
そう、神樹が回復してからの神林都市は、それまでとは比べ物にならない位の活気があった。
まず神林騎士団からの事件の説明、そして顛末が街の住人にされたことで、魔法科学ギルドとデイジー、それと俺たちを街の皆が滅茶苦茶、もてなしてくれた。
そして魔法科学ギルドや騎士団、それに街の人々も交えて、宴会が開かれて数日間、騒がせてもらった。その時にはもう、毒の影響が残っている人はおらず、皆が楽しそうにしていた。
「神樹共々、元気になって良かったな」
「本当にね。アクセルさんもよ? 腕がプラプラしていた時、そこのバーゼリアさんやサキさん達、大慌てだったんだから」
その言葉に、さっきから俺の体に引っ付いている二人が頷く。
「ご主人、ああなると、とんでもない状態になるのは分かってたけどね……」
「ええ。心臓に悪いのは変わりありませんでした。まあ、戻って来てくれる事だけは確信していましたけど。偶に、限界の先まで行ってしまいそうですからね」
そんな風に言いながらぎゅっと、俺の体に触れてくる。更に彼女たちだけではなく、
「そうだよなあ。親友、全身傷だらけなのに、普通に歩いて戻って来るんだもんなあ。薬の錬成が間に合って良かったけどよ」
「ああ、あの時は三人のお陰で助かったよ」
手分けして一気に薬を掛けてくれたものだから、その場で完全に回復できた。
お陰で腕も足も問題なくなっている。
そんな俺を見てシドニウスは、真面目な表情で礼をしてきた。
「アクセル殿がそこまで体を張って頑張ってくれたからこそ、神林都市は無事に守られた訳で。これまで何度も言いましたが、改めて、有り難う御座いました」
「いやまあ、確かに最後に倒したのは俺だけど、あの魔人も言っていたようにシドニウス達が頑張ったから、神樹が保たれていたわけで。俺だけが体を張っていた訳じゃないさ」
今回の決着は、神林都市の人々がまず頑張っていたから辿り着いたのだ。そう伝えると、シドニウスは苦笑した。
「アクセル殿にそう言って貰えると、なんだか、少しは情けなさも払拭出来た気がします」
「そうね。ホントに。……しかし、あんな魔人が現れてくるとはね……」
「シルベスタでも見つかったって、娘たちや、アクセルさんとの話の中で聞いていましたが、あそこまで強力な輩は初めてだったのですよね?」
「ああ、前の奴は、普通の人間に近かったからな」
以前、食事をした際にその情報は全て提供している。それ以上に分かっている事はない、とも。
「あの魔人、神樹を狙ってきたって事は、確かっぽいのよね。何をしようとしていたのかしら」
「神への敵対心、は確認できましたから。神から授かったモノへの攻撃、なのでしょうかね」
うーん、とモカとシドニウスは首を傾げている。
結局、彼らが神を憎んでいるというのは分かっていても、何をしているのかは掴めていない。
そもそも戦争時代は徒党を組んですらいなかった連中だ。各自が単独で動く事も多い。
けれど、度重なる街への襲撃を見るに、何か組織だって動いている奴らがいるのは分かる。
「……これから、何をやらかすやら分からないから、警戒はいるな」
「はい、そうですね。神様たちが降りて来る季節は、そこそこ近くなっているので、こちらも気を付けます」
シドニウスの言葉に、ふと、俺は思い出した事があった。
……神様と言えば、またスキル表に変な物が入っていたっけな。
神域輸送機能とかいう意味が分かり辛い物で、説明も『神の世界に踏み入れても、輸送中は少しだけ耐えられるようになります』と書いてあるだけで、これまた実感し辛いものだった。
……確かに竜騎士時代、あそこに行くだけで、死にかけてた記憶はあるが……。
あの時は一回こっきりの神具を壊すまで使って、少しだけ神の世界に行けたのだ。
神のいる場所は、入るだけでダメージは受けるし、呼吸しているだけで、体が弱っていった感覚もあった。
神具を使っていなかったら、そもそも耐え切れなかったかもしれないが、
……つまり、神具なしでも、大丈夫になるって事、なのかな?
そもそも、神の世界にまた行ける機会があるのかは分からないけど。
だが、とりあえず便利な機能として受け取っておこう、と思っていると、
「あ、そういえば、アクセルさん達は、今度はどこに?」
モカがそんな事を聞いてきた。
「あー……今度は、砂塵都市にでも行ってみるつもりだ。……この槍が、若干ボロボロになっちまったからな」
俺は輸送袋から一本の槍を取り出しながら言う。
竜騎士時代よりずっと使っていたものだが、その槍頭が完全に割けていた。
そればかりか、柄の方にまで、ひび割れが見える。
「憑虎君との戦いで壊れたと言っていた物ね」
空で憑虎君を倒す時に使ったスキルの威力に耐え切れずこうなったのだ。
本来は、あのスキルを使う前に、槍を保護したり、衝撃を分散するスキルを使う。
だけれども、過去輸送で持って来れるものは三つだけだった為、槍を守るまで手が回らなかったのだ。
「思い入れがあるから、捨てたくはないし。壊れたままにもしておきたくないものなんだが……直せる人はそう多くなくてなあ」
「この街の鍛冶師もお手上げだって言ってたものね」
壊れた槍を見せたけれど、街の鍛冶師たちは、揃って直せないと言っていた。
まず、使っている素材が硬すぎてどうしようもないレベルなのだ、と。
「それで、どうしたもんかなあ、と思っていたらさ。デイジーが直せるって言ってくれたんだよ」
「おうよ。そこは俺がきっちり直すから安心してくれ、親友!」
「あ。やっぱり、デイジーさんもいくのね」
「そうだぜ。神林都市での仕事も終わったからな」
デイジーから、付いていきたいと言われた。
本人がそうしたいというのであれば、こちらとしては止めることはない。
実際、デイジーがいてくれると助かる事は多々あるし。
その一つが武器を修理してくれるという事でもある。
「砂塵都市には、俺が戦争時に置いてきた素材や道具があるからさ。そこに行かないかってオレが提案したんだよ」
「ってことでな。修理素材もあるらしいから、まあ、それを回収しにいく感じだな。親友の道具だからな。無論、素材があれば俺が責任をもって直すぜ!」
「ありがとうよ、デイジー」
肩にいるデイジーを撫でると、えへへ、と嬉しそうに目を細めた。
これからの旅仲間が一人増えたことで、より楽しく都市を回れそうだし、有り難い事だ。なんて思っていたら、
「あ、そうだ。アクセルさん、お礼を忘れていたわ」
モカがふと、そんな事を言ってきた。
「え? お礼って、色々とお金は貰ったし、食べ物や物資も貰ったけど……」
「いや、それは街としてのお礼で、魔法科学ギルド『カプリコン』としてのお礼がまだだったから。アクセルさんの指輪に認定印を押させて欲しいのよ。私たちの信用の証としてね」
モカは懐から法石の付いた金属棒を取り出しながら言った。
「ああ、なるほど。それは有難いな」
俺自身も今までド忘れしていたが、ギルドには認定印なんてものがあった。
それを押して貰えるなら有り難い、と指輪を出すとモカが棒を押し付けて、新たな文様を刻み付けてくれた。
「うん。オッケーよ、アクセルさん」
「ありがとよ、モカさん」
そんな会話をしていると、今度はモカの隣にいたシドニウスが前に出て来て、
「アクセル殿。モカ殿に習って、というわけではありませんが、神林騎士団からのお礼として、こちらをお受け取り頂ければと思います」
一枚のカードを差し出してきた。
神樹の形に似たマークが刻まれている、金属で樹木をプレスしたカードだ。
「これは……なんだ?」
「神林騎士団が、重要な客人だと認定した方に渡している『神林手形』ですね。神林騎士団は、この国だけではなく、外国にも幾つもの支部を置いています。ですので、国外でも、関所などで使える信用証書みたいなものだと思って頂ければと。大体の国はこれで出入りできますし、困った時はこれを見せれば、助けになってくれる人も増えるかと」
「え……っと、結構凄そうなモノなんだけど、貰っていいのか?」
「勿論です。むしろ、貰って貰えなければ、何のために作っていたのか分からなくなってしまうレベルですし」
困った様な笑みを浮かべながらシドニウスは言って来る。
「そう、か。じゃあ、有り難く受け取っておくよ」
国外でも使えるというのであれば、行動範囲も広げる事が出来そうだしな。
「都合のいいときに使って頂ければと」
「了解だ。……それじゃあ、俺たちは行くよ、シドニウス。モカさん」
餞別と言うべきか、幾つかのモノを貰った俺は、改めて輸送袋を背負い直す。
そして、今日まで世話になった二人と、握手をする。
「はい。良い旅路になる事を祈っております。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「また会える日を楽しみにしてるわ、グランツさん」
そんな声と、青々とした神樹を背にして。
「ご主人ー。砂塵都市は向こうだって!」
「行きましょうか、アクセル。そこそこ遠いらしいですから。途中の宿場町でお泊りとかも良いかと思いますよ」
「いやあ、賑やかだな、親友!」
前からは、仲間達の声を受けて。
新たな都市へと進んでいく
先週、11/21(水)に竜騎士運び屋の3巻が発売されました!
今回も書き下ろし、頑張りました! 書店でお見かけの際には、是非お手に取って頂ければ嬉しいです。
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