第十二話 立場
古沼原の戦いにおける多田家のまさかの大敗により九州はどことなく慌ただしさを増していた。
由利根家は古沼原の戦いの勝利に乗じて多田家の領内へ食い込み始め、領地境にある天笠城、毛縄城、深砂城の三つの支城を落とし、多田家への攻勢を強めていた。
【大隅 多田家本拠 女潟城】
スタスタスタ スーー
「殿は…」そう言いながら広間に入ってきたのは古沼原から脱出した数少ない重臣の茂山千作であった。
「…駄目じゃ、一門ともお会いになろうとされぬ。前の戦にて心が閉ざされてしまわれておる。」
そう答えるは多田家一門でこちらも古沼原から生還した多田氏元である。氏元は当主の多田義房の弟であり当主が病んでいる今の多田家の実質的な統率者であった。
「こうしている間にも由利根家は我が領地を食い破って来ておる…なんとか殿に立ち直ってもらわねば民衆、家臣に示しがつかぬ…」
氏元の言うとおり、由利根家への不安により多田家領内の民は多田家への不信を抱き始めており、家臣にも先を危ぶんでいる者も出始めていた。
「先の戦……全ては驕りよりもたらされし結果…」
茂山が口を開く
「言うな」静かながらも威圧のある口調で氏元が言う
「当主の驕りは家中の驕り、我ら一門にも咎がある。」
「しかし…今の多田家が保たれている…のは…氏元様の尽力……」
「……茂山よ、何が言いたいのだ。」
少しの間をあけて茂山千作は
「殿は…大名としての器を…失いもうした… 多田家はこのままでは……滅されましょう……」
「…茂山…」
「もとより氏元様が…才…家中、民認めるところ……」
「まさかお主……」
「上には上に立つべき者……がおりましょう…」
「たわけたことを抜かすでない!殿を廃せと申すか!!」
氏元が立ち上がって怒鳴りつける。しかし茂山は顔色一つ変えない。
「すでに…一門の吉峯様、頼方様より御助力も…得られております……」
「………!なんじゃと…」
「非難を浴びるとなれば…この茂山が…慎んで浴びましょう……」
「一門…総出の意見なのか……?」
「勿論に…これが多田家の答えかと…」
「……茂山、少し時間をくれ…」
「御意…返答お待ちしております…」
そういいながら茂山千作は去っていった。
氏元はそれから悩み続けた。
(当主に?このわしが?兄を廃して……許されるのか…… 一門が認めておるだと…… 多田家のため…多田家のために…)
【女潟城 通路】
多田氏元の元を去った茂山千作に多田頼方が出会った。
「……頼方様…」
「どうじゃ茂山、氏元は動きそうか…?」
「五分五分…でしょう…」
「…そうか、殿には悪いが多田家を立て直すには殿では足りぬ、才、器ともにな。」
「……承知しております。」
「多田家を再び興すには新たな当主…が必要、しかしそれは氏元ではない。この頼方にこそ相応しい。茂山よわしが当主になった暁には家老として側に置いてやろう、今はわしのために働くのだ。」
「……有り難き幸せ…然らばこれにて…」
多田家には多くの思惑が揺らぎ続けていた。。
【由利根家本拠 天舞城】
「皆のもの!よく働いてくれた!この勝利は我が由利根家を大きく変えるものとなろう…しかしここでは多くは言わぬ!さぁ飲んでくれ!」
そう言うは当主の由利根頼信であった。
オオオオオオ!!!
家臣たちもそれに答える。久保正繁もその場にはいた。しかし大きくは喜べなかった。
「どうした正繁!せっかく由利根家を救ったのだ!なぜ飲まぬか!」笑いながら話しかけてきたのは家老の門田義満であった。
「…いや、手柄こそあげたが吉田殿を亡くしてしまった…素直には喜べんのです。」
「……まぁ若い者には辛いことじゃな…ワシは慣れてしまったのかもしれん、一人、また一人と病、戦で命を落としていくことに。」
グビッ そう言いながら酒を飲む門田
「じゃが去っていく者だけではない、お主のように新たな武士も現れる、吉田の志を継げるのは…いまを生きる者だけじゃて」
「…志か…」
「由利根家を支える者はいまここにいる者じゃ、暗い顔しとらば吉田に怒られようて、さぁ飲め飲め!」
「では門田殿…一杯」
「おう」
グビッ グビッ
宴の席も終わり皆が大広間に転がり寝ているが正繁は一人起きて外で風に当たっていた。いや一人ではなかったが
「正繁」
声をかけられ後ろを向くとそこには由利根家当主の頼信がいた。
「殿…就寝されないので?」
「あぁ お主と同じじゃろう、寝れなくてな」
「…左様で」
「戦の度に命が散ってゆく、それも当主が背負わねばならぬ咎よ…此度は吉田が散った。誰かが死ぬ度に戦はもうせぬと誓うがそうもいかんな…」
「当主が何を仰いますか我らは貴方に使えている身、心配こそされ哀れに思われてはたまりませんぞ」
「はっはっは!良く言う若造じゃ!父にようにておる!」
「父に?」
「お主の父も情けはいらぬとずっと申しておったわ!まったく要らぬとこまで似おって!」
「…私は父の代わりを果たせておるのでしょうか…」
「ふぅむ、父の代わりか…真を言えばまだ父には至らぬ所ばかりじゃ しかし、お主はまだ若い焦ることはなかろう一つ一つ物を積み重ねれば父をも越えよう…」
「承知しております。」
「だが、お主がいなければいま由利根家がないのもまた事実、感謝しておる。」
「…殿。」
「まぁ若い者は励め、そして上も越えてゆくがよい、ではワシは広間に戻ろう。」
「はっ…それでは」
その酒の席より一月経ったとき多田家に動乱がおこる。
「氏元よ!これはなんの騒ぎだ!」
そう叫ぶは多田当主の多田義房であった。ついに覚悟を決めた一門の多田氏元が反旗を翻したのだ。氏元とその手勢が大広間に押し寄せたのだ。
「殿にはこの今の多田家は治められませぬ。ご隠居を願いたい。」
「…!血迷うたか!一門ともあろうものが!」
「御一門もこの氏元に同意されております。」
「な、なに!」
「殿のお味方はもう家中にはおりませぬ。どうか多田家はこの氏元にお任せいただきたい。」
「き、貴様に当主が務まると!?戯れ言を!」
「仕方ありませぬこのままでは多田家は沈む定め、それを変えるにはこうする他のありませぬ。」
「ぐぬぬぬ!おのれぇ!!」刀を抜いて義房が襲いかかるが氏元の手勢が取り押さえる。
「許さぬぞ!悪逆の徒!」
そういいながら義房は外に連れていかれその後は城下から離れた寺に幽閉されることとなった。
「…やったのかついに私が多田家を新しくするために…」
「お見事…さすがは…氏元様…」
そういいながら広間に入ってきたのは反旗をけしかけた茂山千作その人であった。
「茂山…」
「…悪君は…廃されもうした。」
「これでよかったのか…」
「勿論に…しかし…もうひとつ…片をつけなればならぬ…者が」
「…?それは一体?」
そう聞き返した瞬間
ドスッッ!!氏元の胸に刀が突き刺さった。
「……な、なに。」
「それは…氏元様に…」
「は、謀ったか茂山ァァ!!」
「謀られたのは…貴方に…当主を廃された…反逆者…として…散っていだだく…」
「お、おのれ!貴様ァァ!」
「御免…」
そういって茂山は刀を抜いて氏元の首を跳ねた。
氏元の手勢もすでに茂山に組み込まれており助けようと動かなかった。
そこに二人の男が入ってきた。
「ようやった茂山よ 約束どおり家老の座を与えよう。」
そういったは多田家一門の多田頼方であった。この一連の謀略を考え実行した張本人である。
「ありがたき幸せ…」
そしてもう一人の男が口を開く
「ばかな弟じゃ…利用されておることも気づかず奔走するとは」
この男も多田家一門の一人の多田吉峯であった。
吉峯もこの謀略に手を貸していた男であった。
「悪君は廃され!悪逆の徒は誅され!当主はこの頼方となる!この頼方が多田家をもう一度興すのだ!」
そういいながら高笑いをし続けた。
その後多田氏元の首は当主を廃した反逆者として城下にさらされた。
そしてそれを誅したとして多田頼方が新たな当主になり家老に茂山千作、多田吉峯の両名が選ばれた。ここに多田家の新たな体系が出来上がった。
それがまた新たな戦乱を呼ぶこととなるのだ。