第四章 第二話(終)『任務』
「さて、問題が更に増えたな、ジルヴェスター」
表情を穏やかなものに戻し、レオポルトは先ほどまでの続きを再開した。
だが、そのまま続けるという訳にもいかなかった。
「近衛兵らがあのような軽挙を行ったという事は、事件が漆号獣隊 の手の者によると、既に王国中に喧伝されていると考えて、間違いないだろうな」
「おそらくは」
つまり、漆号獣隊 が犯人だと、言いふらされているというのである。人の口に戸は立てられないと言うが、この場合は意図的に流布していると考えて間違いないだろう。つまり、敵は灰堂騎士団なる不気味な連中のみならず、王国内部にも巣食っているという事だ。
「ちょっと待って下さいよ、陛下、主席官。いくら〝敵〟とやらにそそのかされたっつっても、何で近侍の近衛兵まで、ンな事をするんスか? いくら何でも事件の事を軽々と言っちゃいけねーぐらい、オツムのゆるいアイツらでも、判りそうなモンでしょーうに」
リッキーの疑問に、ジルヴェスターが叱責混じりで答えた。
「相変わらず、陛下の前で、何と言う口の利き方だ! ……全く、毎度毎度、お前という奴は……! いいか、敵はただの敵対者ではない。国と国との争いや、騎士団同士の諍いならまだ良い。そんなものより、よっぽど厄介な相手だ」
「厄介な相手?」
「敵は黒母教という名の〝宗教〟そのものなのだ。そして神の教えというものは、民族を超え、国を越え、時として正義さえも塗り替える。それも、いとも容易くな」
一同は言葉を詰まらせる。そう。信心や信仰心というものが、有史以来、どれほど人を争いに駆り立ててきたかは、彼らとて知っている。無学、無信心のドグでさえ、教会による暗黒時代ぐらいは、聞きかじっていた。
だとすれば、いくら内部の造反者をあぶり出そうとも、これは人の信仰心による以上、摘発しようとすればするほど、反発を生み、下手をすれば国そのものが内部分裂を起こしかねない。しかも、真相を探り当てようとも、下手に黒母教の人間が工作に携わっているなどと言えば、国内の黒母教信者ごと、敵にまわしかねない。
未だ、エール教が広く信心されているとはいえ、黒母教の信者の数とて、決して少なくはない。ましてや、昨夜の主犯の一人が貴族のリッペであるという事からも判る通り、宮廷内にさえ、その根は深く伸びていると考えて間違いなかった。
「確実な尻尾を捕まえなければ、事態は解決すまい」
レオポルトの言葉に、重い空気がたれ込める。だが、自ら発したその言葉を打ち払うように、彼は続けてこう言った。
「それに、今回の事件だけではない。二年前の〝ギシャール騒動〟も含めて、真相と真犯人を明るみにせねば、今回の件も解決にはなるまい。それにはまず、二年前も今回も含め、共に事件の中心にあった、カイに出向いてもらうしかあるまいな」
〝ギシャール騒動〟。
レレケの兄、クラウスの事件。
何故、人を襲わない鎧獣が、人を殺したのか。
その真相こそが、事態を打開する光明であると、レオポルトは明言した。
「なれど陛下、漆号獣隊は……」
「ああ。だが、来てもらうしかあるまい。我々が出向いては、元も子もない。彼らが自ら、その足でレーヴェンラントに来てもらわねば、漆号獣隊の潔白は証明されまいよ。それに今回の事態に陥ったのも、そもそも彼らの今までが、敵とやらにつけ込まれたからに他あるまい」
レオポルトとジルヴェスターのやりとりに、歯にものが挟まったような、もどかしい違和感を、イーリオ達四人は覚えた。いや、レレケのみ、薄々気付いてはいた。風の噂に聞く、漆号獣隊というものを知っていたからだ。
「どういう事? 知ってる、レレケ?」
体を寄せ、こっそりと聞く。
「私も聞いた話ではありますが、漆号獣隊の隊長、カイ・アレクサンドル王子は、任官以来、一度たりとも王宮に出向いていないのです」
「え? 国家騎士団なのに?」
「ええ。一度も、です」
「何で……?」
「噂は色々ですが……、元々、カイ王子の血筋は、先の六〇年続いた内乱の折、レオポルト陛下の血筋と、国家を二分して玉座を争った家柄なのです。その直系たるカイ王子が、レオポルト陛下の風下に立つのは嫌なのでは、という話もあれば、二年前の事件を苦に思い、引きこもっているのだという話もあり、真偽のほどは知れません……」
当事者たるカイ王子に聞かねば判らぬ引きこもり――。
イーリオとレレケの話は、同じ卓のレオポルトらにも、当然聞こえていた。
「カイは、恨みを持つような人間ではないよ。彼は優しいだけなのさ」
労るような、悲しいような、そんな目をして、レオポルトは言った。
「しかし、どのようにして、カイ王子を王都に招くのですか? 今まで、何度となく書状を送りましたが、一度たりとも叶った事はございませぬぞ。それを、このような火急の折に――」
「火急なればこそ、だ。まさに今こそ、覇獣騎士団が全隊揃い、この事態に立ち向かわねばならぬ時なのだ。何、ボクに考えがある。ある人物にカイの元へ出向いてもらい、彼を説き伏せてもらうのさ」
「今まで如何なる特使を遣わしても、説き伏せられなかったのにですか? 我々同輩たる、覇獣騎士団の面々でも無理であったのに。それは、いかなる人物で?」
「〝百獣王〟にお願いする」
全員が呆気にとられた。ここで百獣王の名が出るとは。
「そ……それは……! いや、確かに公なれば、カイ王子とて、あるいは……! しかし、それを公が肯んじてくれますでしょうか? いかな陛下のお頼みとはいえ、あの〝百獣王〟が」
「大丈夫。ボクが書状をしたため、彼にお願いするよ。幸い、数日前まで、彼は王都に居たしね。今は南の伍号獣隊の所に身を寄せているはずだ。今から急ぎ向かえば、彼に会えるはず。そしてその役を、〝百獣王〟に書状を渡してもらう役を――、リッキー、君と――」
一旦、言葉を区切り、視線を横にずらす。
まさか。
「イーリオ君。君達にお願いしたい」
いきなりの話の展開に、思わず「何で?」と声に出してしまうイーリオ。だが、それはレレケやドグとて同じであった。
「いきなりで申し訳ないのはわかっている。だが、あの〝百獣王〟カイゼルン・ベルを動かすには、どうしてもイーリオ君、君が必要なんだ。君が書状を渡せば、カイゼルンは動いてくれるはずだ」
「ど、どういう意味ですか……?」
「これはボクの勘のようなものなんだがね、君がザイロウなる鎧獣と、シャルロッタ嬢と出会ってから、事態は急速に動き出した。おそらく、ゴート帝国のハーラル皇太子とて、同じなのだと思う。今まで動かなかった事態が、君達の出会いを切っ掛けに、動き出した――。この国とて同じだ。二年間、まるで好転しなかった〝ギシャール騒動〟が、君の出現によって、にわかに動きだした」
「そんなの、ただの偶然では?」
「ああ。偶然だろうね。けど、さっきも言ったろう? 〝偶然の先には何らかの必然がある〟と。君のもたらした偶然は、やがて大きな必然になる。そしてそこには、君という存在が必ず居なくてはならない。ボクはそう感じてるんだよ」
「どうして……どうして僕なんですか?」
「君は何だろうね……、そういう運命というか、そんな〝力〟を持っているんだろうと思う」
それは正に、ザイロウが感じ、レレケが思っていた事と同じであった。レオポルトは、その王たる資質をもって、イーリオの本質を看破しようとしていたのだ。
「〝力〟って……。僕にはそんな〝力〟……、ましてや百獣王を動かす力なんてありませんよ」
「君自身は気付いていないだけさ。何だろうね、人を化学反応させるとでもいうのかな。とにかく君が百獣王に会ってくれれば、百獣王は、必ずこの依頼を引き受けてくれる。ボクはそう確信してるよ」
王都に来て以来、いや、シャルロッタとザイロウに会って以来、イーリオを取り巻くあらゆる事柄は、まるで早馬に乗っているかのような、目まぐるしい転変ぶりである。ここにきて、まさか、かの〝百獣王〟に会うだなんて――。
「とはいえ、君達にもお願いする以上、タダでとは言わない。それなりの報酬は支払うよ」
報酬、という言葉に、ドグが思わず身を乗り出す。イーリオやレレケとて、それは有り難い言葉だった。何せ旅立ち以来、ザイロウらの維持費は馬鹿にならず、いい加減、旅費も底を尽きかけてきたからだ。
「直接的な金銭も当然だが、それに加え、イーリオ君、君の百獣王への弟子入りも、私がお願いしようじゃないか」
「え? 僕が、百獣王に、弟子入り、ですか……?」
「聞く所によると、君は、かの黒騎士と戦わなければならないらしいじゃないか。それなら、同格の百獣王から教えを請うのが、一番だと思うんだが、どうだい? 悪い話じゃないだろう?」
百獣王に、教えを請える。
それは願ってもない事だった。
リッキーから教えを請えるのも、とても有り難い話ではあるが、黒騎士はこの世界の最高峰の一人だ。このまま修行を重ねたとて、どこまで自分の力が通じるかは判らない。無論、百獣王に教えを授かったからといって、自分が勝てるとは思わないが、同じ最高峰たる彼であれば、あるいは――。
そう思うのも、無理からぬ事ではない。
一旦、仲間の方を見る。
レレケもドグも、驚きで引き攣った笑いをこぼしていた。
「どう、思う?」
「いや、どうって……」
「どうもこうもないですよ……! 百獣王に教えを請えるなんて、そうそうある話じゃありません……!」
彼らの戸惑いに、レオポルトが、一つ注意を入れた。
「断っておくが、ボクは推薦状を書くだけだ。百獣王カイゼルンが、これを受けてくれるかどうかは、イーリオ君次第だよ」
それでも、そんじょそこらの推薦状とはわけが違う。一国の王、それも、メルヴィグ王国の獅子群王の推薦状だ。しかも、百獣王とメルヴィグ王国、それに覇獣騎士団とは、縁浅からぬ間柄である。当然、期待せずにはおれぬだろう。
喜びとも戸惑いともつかぬ表情のイーリオに、リッキーが横から背中を押した。
「スゲーじゃねーか。ノらねえ手はねーぜ。こんなウマい話」
笑顔で、イーリオの肩を叩く。
リッキーの弟子入りをしたばかりだったのが、気にはなっていた。いくら鎧獣騎士の最高峰とはいえ、弟子入りになったばかりの人間が、すぐに師を変えるなど、気を悪くしたりしないものだろうか。それが気がかりではあった。だが、リッキーはそんなイーリオの心配とは無縁の、明るい笑顔で、彼の前途を祝ってくれたのだった。
この一言で、決心がついた――。
「その任、お引き受け致します」
晴れがましい気持ちが沸き起こる。
だが、そんな思いとは裏腹に、事態は急を要するだけではない。
「ありがとう。助かるよ。それじゃあ、リッキー、後の事は君に任せたよ」
レオポルトはそう言って席を立つと、列星卓の間の一同を見渡した。
その目を見て、イーリオは頷く。
必ずこの任、成し遂げなければ。
それは、新たな旅の目的でもあった。
百獣王への邂逅と、獅子群王からの依頼。
それは何を、彼ら四人にもたらすのであろうか――。
「面白い!」
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