第三章 第三話(1)『獣騎術』
覇獣騎士団は、メルヴィグ王国における、最強・最高の軍事組織である。
その実力は、他国の騎士団と比べても頭一つ抜きん出ていると言って間違いなく、古豪として名高い北央四大騎士団を有するゴート帝国と比べても、何らひけをとらない。そればかりか、メルヴィグ王国がゴート帝国の隣国としてありながら、その領土を保持し続けていられるのは、間違いなくこの覇獣騎士団によるところが大きかった。
どうしてそれほどに強力でいられるのかと言うと、理由の一つが鎧獣の種類にある。
メルヴィグ王国は、古くから〝獅子の国〟とも呼ばれており、覇獣騎士団の鎧獣もその例に漏れず、隊の全てが猫科の猛獣によって構成されていた。
平隊士から将校に至るまで、殆どの騎士がライオンは当然だが、大山猫やチーターの小振りなものにはじまり、豹、ピューマ、ジャガーなども勿論、隊長ともなると更に大型になるといった具合で、騎士団全員、誰一人異なる事なく猫科の猛獣で統一されているのだ。
これが、集団戦や戦争ともなると圧巻の実力を発揮する。
猛獣だけで編成された軍勢は、まさに〝覇を唱える獣〟に相応しい威容を備え、その実力を前にした敵は、ことごとく震え上がったという。
ただこれは、大型猫科猛獣が鎧獣として格別強いからというわけではなかった。
補食動物が抜きん出て強いなら、アイベックスのみで編成された北央四大騎士団のゴゥト騎士団などは弱小騎士団になるはずだが、実際はその逆で、非常に強大な武力を持っている。
また、補食動物のみが強かったとすれば、他の国もそれに習い、牛馬の鎧獣など全く必要なくなってしまう。
だが、そうでないのは周知の事実である。つまり猫科猛獣をはじめとした捕食動物だけが、必ずしも強いというわけではない、その証左だと言えた。何よりも、実は猫科猛獣は、軍隊として扱うにははかなり難しいという側面すらあったのだ。
ライオンに限って言えば、彼らは、〝プライド〟と呼ばれる群れで行動をする種族であるが、他の猫科猛獣は、基本個々で動く、群れない動物である。猫という生き物自体、本来群れる生物でないのだから、それが大型化しても変わらないのは当然であろう。
これが人造の鎧獣になると、必ずしも集団行動に向かないわけではないのだが、やはり持って生まれた動物の習性は、鎧獣にも影響を及ぼすらしく、集団で動こうとすると、どうも足並みが揃わない。骨格自体が個別で行動するよう出来ているのだから、統率からほど遠いのは無理からぬ事かもしれなかった。
つまり簡単に言えば、猫科は軍隊に向かない鎧獣なのだ。
しかし覇獣騎士団は、国家をあげての長年の研鑽の末、猫科猛獣での集団戦闘を実現させたのである。
しなやかで柔軟性に富んだ猫科猛獣の優位性は保ったまま、まるで集団そのものが一個の獣であるかのように、一糸乱れぬ集団戦を展開。
伸びやかな動きをする部隊を作り上げた。
これを可能にしたのが、覇獣騎士団ならではの〝獣騎術〟――即ち戦闘術にあった。
元来、獣騎術とは、鎧獣騎士の武術の事であり、ようは剣術や拳闘術などと同じ、鎧獣を用いて、どのように戦うかを体系化した〝術〟を指す。
被補食獣系、つまり草食獣などの鎧獣においては、跳撃や蹴撃など。
補食獣系、肉食獣などの鎧獣なら、狩撃走や咬撃といった、人間では不可能な動きを取り込んだ、鎧獣騎士ならではの武術。それが獣騎術である。
覇獣騎士団の獣騎術は、他と異なり、大型猫科動物の動きを取り入れただけではなかった。個人の戦いであれ集団戦であれ、どのような呼吸で体を捌けば、より効果的に戦闘を展開出来るか、それを追求しているのだ。
人間だけの戦争なら、より機械的・無機的に動けば動く程、足並みはそろえ易く、効果的に戦闘を展開できるが、覇獣騎士団はその真逆であった。より有機的に、変化を変化と捉えず、敵に対しても騎士団の仲間内に対しても、相手の呼吸に合わせ、軽快に〝動ける〟かを想定し、技を磨くのだ。
さながら即興の音楽演奏に似て、例えて言うならその動きは、激しい舞踊のようだという。
戦場という混沌とした〝舞台〟で、他者の呼吸も読み取りつつ拍子良く動くなど、およそ不可能な事のように思えるが、そこは鎧獣騎士である。動きは人間どころか如何なる生物も越え、それでいながら中身は人間なのだ。
調律不可能に思える乱拍子も、訓練され基礎という名の強固な地盤を経れば、如何様な即興も可能にしてしまう。
言い換えれば、覇獣騎士団の騎士とは、全員が一流の音楽家で編成された、最高峰の楽団と言えるだろう。
しかも、仲間の呼吸に合わせられるという事は、同時に敵の呼吸も読み取るという事に長けていなければならず、必然的に、覇獣騎士団の団員は、一騎一騎が非常に強力な騎士となるに至った。
結果、数多ある獣騎術の内、最も精強な一派として、覇獣騎士団のそれは、諸国に高名を轟かせていたのである。
その名を〝レーヴェン流〟と言った。




