第三章 第二話(2)『嫌疑』
沃野を超えた先、うっすらと木々の生い茂る先の丘の上に、マクデブルク城塞は立っていた。
城塞と言っても、山城に近い景観をしており、都市機能は皆無に近かった。この時代、どこの城塞都市でも珍しくない、非常に厚くて高さのある石造りの外壁を持ち、砦内には、兵舎以上の敷地を持った、鎧獣厩舎が軒を連ねていた。城壁が厚いのは、勿論、対鎧獣騎士用である。中央には尖塔を持った城が聳え、もともとゴート帝国の最南の拠点として、二〇〇年以上前に建てられたものを、現在はメルヴィグ王国が制圧し、北の要衝としていた。
あたりはすっかり日が落ち、城塞の白亜の壁も赤橙に色付いている。
その砦の入口には、ぐったりとした二人の男と、二体の鎧獣が座り込んでいた。
リッキーとマテューだ。
「何が、日暮れまでには、だよ。もう夕方じゃねーか」
二人が疲れているのは、本来、荷馬も兼ねていた二人の乗馬が気絶した為、歩きでここまで来ないといけなくなったうえに、己の旅荷物まで背負う事になったからである。
「はいはい。私の目算違いでした。けど、まさか馬が潰れるなんていう目算違いが起こるなんて、考えてなかったですからねえ」
「ンだ? イヤミか? それは」
「いえ。予想だにせぬトラブルにも心構えをしておく事。つまりはそういう事でしょう?」
「……こんなトコまで来て、〝隊長〟の台詞を聞かすんじゃねーよ。ひょっこり出て来そうだぜ……」
「ひょっこりというより、ドーンって感じですけどね」
「違いねえ」
そう言って、互いに笑い合う二人。
「ひょっこり」
笑い合ってた二人の前に、男が一人、姿を表した。
「わぁぁぁっ!」
いきなり目の前に表れたものだから、二人は思わず声をあげる。
それを見て、男はケタケタと笑った。
「イェルク様……」
安堵の色を顔に浮かべて、マテューが言った。
男は長身痩躯。淡い栗毛に、線をひいたような糸目をしていた。目が細いので、瞳の色は分かり難いが、その色は焦げ茶。年の頃は二十代半ばから後半といった所か。リッキーやマテューより、少し上に見える。
白地に金縁、肩章のついた隊服に、盾型の枠取りの隊章。中には、剣を持った獅子に、三の文字。さらにリッキーやマテュー、または砦内にいるどの人間とも違う、浅緑色の紋様が、襟元から胸にかけて刺繍されていた。
「そない驚かんでもええやん。まさか、ジルヴェスターのおっさんとボクゥを間違えたんやないやろ?」
男の口調は特徴的で、南部訛りを色濃くもっていた。
「いや、いきなり主席官が顔を出されたら、そりゃ、驚きますよ」
「ってか、ヒマなんスか?」
「相変わらず口が悪いなぁ、リッキー。ヒマてなんやねん。君らがやっとこさ到着した言うから、わざわざ出迎えてあげてんで」
「そりゃどうも」
座り込んだ腰を上げ、立ち上がる二人。互いに体の埃を叩き、衣服の乱れを整える。上官に対して襟を糾すのは、マテューだけだが。
男の名は、イェルク・レットウ=フォルベック。
覇獣騎士団 参号獣隊の隊長にして、マクデブルク砦を預かる男だ。
覇獣騎士団 の各隊のトップは、隊長というのが正しい呼称なのだが、多くは主席官と呼ぶ事が多い。これは、次席官に対する通称のようなもので、今ではそちらの方が一般的に浸透していた。
また、覇獣騎士団は、メルヴィグの国家騎士団であるのは勿論の事、国内の軍事の要でもあり、その隊長格は、将軍職も兼ねていた。参号獣隊 主席官のイェルクの場合は、北部方面鎧獣騎士部隊の最高位でもあり、北方将軍の通称で呼ばれる事もあった。
だが、その役職にも関わらず、実はイェルクは、覇獣騎士団の主席官の中でも、一番気さくな人柄で知られていた。それゆえ、リッキーもこのような口振りを許されているのだが、もっとも、リッキーの場合、誰であろうとあまり態度は変わらないのだったが。
「せやけど随分とまぁ、遅かったなぁ。報告では、四日ほど前に着く言うてたけど。どうせアレやろ。リッキーが色々いらん事してたんやろ」
「いらん事てなんスか」
「正解です。主席官」
「ほれみな」
「おま……、どこの隊の人間だよ、てめえは?」
「まぁまぁ、いつもの事やん。それで、何か収穫はあったんか?」
「それです、主席官、遅れた色々はまぁともかく……」
「ともかくって、ンだよ。重要だろ、ソコ」
「ここに着く間際、妙な馬車と遭遇したんです」
「馬車?」
マテューは、ここに来る途中で遭遇した、爆発する馬車の話を、端的に説明した。
話の内容に、辺りに要る兵士や騎士団の団員も、顔を見合わせる。
「まぁ全部、俺のお蔭で、砦もなにもかも無事だったっつーわけっスけどね」
「それのお蔭で、歩くハメになったんですけどね」
睨むリッキーを宥めるように、どうどう、と抑えるイェルク。
「成る程な。そんな厄介な代物なら、ジャックロックの獣能は妥当な判断やろ。お手柄やね」
イェルクに褒められ、それみろと得意げな表情をするリッキー。
「せやけど、誰やろね……そんな手のこんだ真似をするんは。リッキーは、その術とやらに心当たりがあるんやろ?」
「俺っつーより、そっちの次席官の方が詳しいッスよ」
「メルヒオールが?」
「ええ。元々、俺がその手品みてーな術を知ったのは、メルヒオールに連れてかれて、何たらっつー錬獣術師のジジイのトコで見せてもらったからッス。まぁもっとも、その術を使えんのは、確かそのジジイか、もう一人しかいねーっつー話でしたから、多分、そいつが関わってんでしょーけど。俺はあんまり覚えてねーから、メルヒオールに聞くのが一番てっとり早いでしょうね」
「そうか……、せやったら、メルヒオールが帰ってくるまで、ちょっと待っとこか。君らも疲れたろ。しばらく休んだらええわ」
「帰ってくるまで、って居ないんスか?」
「食べ物の調達や。客人が来ててな。そんで、もてなす料理を仕入れるとか言うて、慌てて飛び出して行きよったわ、あの子」
「客人? 誰ですか」
問いかけるマテューの言葉に、指をさすイェルク。
「ほれ、あそこにおるわ」
覇獣騎士団の隊章のついた幌馬車が二台。離れた位置に停車していた。
「あの子らもさっき着いたんや。何て言うたかな……」
イェルクが思い出そうとしていると、騎士に体を支えられるようにして出て来た少年が二人。見た所十代半ばといったところか。続いて、珍しい銀色の髪をした少女。こちらも少年らと同じくらいの年齢だ。そして、丸縁眼鏡に、羽飾りをつけた帽子の奇妙な出で立ちの女性が一人。
「レレケ!」
叫んだのは、リッキー。
「そう、レレケ。――って、あれ? 何で知ってるん?」
言うが早いか、リッキーは先ほどまでの疲れもどこへやら、丸縁眼鏡の女性に走るように近付いていった。上官の突然の行動に、またか、という顔のマテュー。
リッキーは、女性の目の前に立った。
当惑する女性――レレケ。
「……? どちらさま?」
戸惑うレレケに、少年の一人――イーリオが尋ねる。
「この人? レレケが言ってた知り合いって?」
「違います。こんな――ブっ飛んだ格好の人じゃありません」
ブっ飛んだ、と言われて、顔をしかめるリッキー。その言葉に、マテューとイェルクは吹き出す。
「ブっ飛んだ、やて」
「そりゃそうですよ。隊の中でも、あんな、その、何て言うか、奇抜な恰好の人、そうそう居やしませんから」
二人の失笑に、ギロリと睨むリッキー。だが、と思い直し、再びレレケの方を向き直る。
「てんめぇ、俺のスタイルをイカしてねぇみてぇな言い方すんじゃねーよ。イカしてんだろーが、サイッコーによ!」
「イカしてるって……、普通、自分で言う?」
呆れた声のレレケ。その言葉に、さらに失笑するマテューとイェルク。
「このヤロ……。俺の美学がワカんねーとは、なんつー奴だ。いや、つーか、ンな事じゃねーんだよ!」
「は?」
「主席官、こいつです!」
人差し指をレレケに突きつけ、断言する。
「何が?」
「だから、さっき言ったでしょう! 爆発馬車みてーな術を使える二人の内の一人! ジジイと、もう一人の人間! レレケ、てめえが犯人だッ!」
その場に居た全員が驚く。
イーリオ達も、何が何だかわからない。
――半刻も満たない内に。
あっという間にイーリオ達四人は、地下牢に捕われていた。
いきなり何かの犯人だと決めつけられた四人は、すぐさまリッキーとかいう稲妻頭の赤毛の男と、彼が命じた騎士団員によって取り押さえられ、マクデブルクの地下の牢屋に閉じ込められてしまった。理由も何も、よくわからない。
どうやら、レレケが砦に対して何か良からぬ事をしたと主張しているのだが、レレケは一向に身に覚えがないという。仮に、イーリオ達と出会う前に何かやらかしたのだとしたら、それは問題であるが、レレケいわく「擬獣は、そんな風に仕込んだり出来ない」んだそうである。
まぁ、レレケ自身、身なりも口ぶりも怪しい以外何ものでもない人物なのだが、それでもこの場合、リッキーが言う通り、この砦に何か害意をもって仕掛けるなど、何の得にもならない話だ。するだけ意味がない。よしんば、何か企みがあったにせよ、それを承知でのこのこ砦に助けを求めるなど、それこそ馬鹿のする事だ。
「……と、思いませんか、皆さん?」
すらすらと戸板に水を流すように、イーリオら三人に弁解するレレケだが、戦闘で疲弊した体を、無理矢理、石造りの牢屋に入れられたイーリオには、応とも否とも言う気力さえ湧いてこない。
かろうじて、「そうだね」とだけ応じると、「でしょうでしょう」と、頻りに納得をしていた。だが、包帯の巻かれた体のドグは違った。
ちなみに、彼の傷はどれも浅傷で済んでおり、それというのも、大鷲の鎧獣騎士との戦いの際、レレケの用いた術が幸いして、深手を負うまでに至らなかったからである。現に今も、包帯の巻かれたまま、上体を起こして座っている。
「けどよぉ、おめえのせいで捕まったのは事実じゃねえか。え?」
恨みがましい目で、レレケを睨むドグ。
けれど、レレケは何処吹く風。まるで気にしていないような口ぶりでこう答えた。
「心配はいりません。どういう事情があるにせよ、無実の者が裁かれるような非道、天下の覇獣騎士団が行うわけありませんよ。じきに疑いも晴れるでしょう」
「へっ、お上なんてヤツは、てめえの都合がありゃあ、平気でその無実の者とやらをブタ箱に放り込むじゃねえか。覇獣騎士団だか何だか知らねえが、そいつらだって分かったもんじゃねえ。現に俺達ゃ、こうして牢屋に入れられてるしな」
そう言って、ドグは片足で鉄格子を蹴った。どうにも、国家権力というもの全般を忌み嫌っているようだ。盗賊暮らしをしていたドグにとって、それは無理からぬ事であろうと察しはつくのだが、この場合、状況的にはレレケの楽観的な言葉よりも、ドグの偏見に満ちた意見の方が、どうにも分があるように思えた。
「大丈夫ですよ、ドグ君。私の〝知り合い〟が来れば、じきに釈放です」
「そもそも、おめえの言う知り合いってのも、どうして来ねえんだよ? それもおかしいじゃねえか」
「それはまぁ……分かりませんが」
「……ったく、何だか面倒臭ぇ事になっちまったんじゃねえか? 折角、一息つけると思ったのによ」
ドグは、悪態をついて、石の間にゴロリとふて寝する。
そんな彼らのやりとりを見ていたイーリオは、ぼうっとしているシャルロッタの表情を見て、声をかけた。彼女はもともと表情に乏しく、傍目にはまるで無表情・無感動にしか見えないのだが、最近イーリオは、この無表情な顔にも、感情の揺らぎみたいなものを感じ取れるようになってきていた気がしていた。
単にイーリオの思い込みか錯覚かもしれないし、それどころか、その事をレレケに言うと、「さすが保護者ですねえ」と、からかわれた位だったのだが。
「どうしたの? シャルロッタ?」
イーリオの問いかけに、シャルロッタは顔をこちらに向けて答える。
「ザイロウ……、大丈夫かなぁ」
彼女は、イーリオの鎧獣、白銀の大狼ザイロウの心配をしていた。
彼らが捕縛された際、イーリオとドグの鎧獣もまた捕獲され、それぞれ別の場所に押し込められているようであった。逃げるように指示を出そうともしたのだが、そこは手練の騎士団。リッキーのジャックロックや、砦内の鎧獣が、ザイロウらをたちまち包囲し、仕方なく言いなりになったのでである。
「大丈夫。覇獣騎士団だって、鎧獣を無下に扱ったりはしないさ。何せ彼ら鎧獣騎士は、鎧獣をもっともよく知る人たちなんだから」
イーリオの言葉に、無表情で「うん」と頷くシャルロッタ。
だが、イーリオの暖かみのある励ましとは別に、夜の冷気は遠慮なく彼らの足元に忍び寄って来ていた。
この暗い地下牢で過ごす夜が思いやられる四人であった。




