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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第三章『獣使師と獅子の王国』
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第三章 第二話(1)『廃寺院』

 マクデブルク城塞は、メルヴィグ王国北北東の国境いを守る位置に存在する。

 そこより距離にして九マイルほど離れた森の奥。かつて寺院があったそこは、寂れて廃墟となり、朽ちかけた建物が野ざらしの姿を見せているばかりであった。


 初冬の森は晴れていたとしても薄暗く、ましてや曇天ともなれば、高く生い茂るトウヒの樹々が、足元を闇に変えているかのようである。地面には、オークなどの落葉樹の色褪せた葉がまばらに落ち、近くに湖でもあるのか、薄い霧がたちこめ始めていた。まるで妖怪変化の類いでも出て来そうな不気味さを漂わせていたが、人も住まわぬはずのその寺院の中にいる連中は、それ以上に不気味そのものであった。

 黒灰色のローブで全身を覆ったその一団は、身を固めるように輪を作って、密議を交わしていた。その姿はまるで悪魔を奉ずる集会のようであり、実際、その考えは当たらずとも遠からずといったところであった。


 集団の中の一人がこう言った。


「工作は失敗したようだ」


 若い男の声。

 頭一つ高い姿もまた、黒灰色のローブに覆われ、何者かわからない。

 男の言葉に、集団がざわつく。その声音から察するに、殆どが女性のようだ。


「何故でございますか? 貴方様の御業を〝奴ら〟が破るなど、到底考えられませぬ」


 一人が質問する。女の声だ。


「私とて万能ではない。鎧獣騎士(ガルーリッター)に見つかってしまえば、防ぐ事もそう難しい事ではない」

「では、ゴートの者との約定は……」

「それについては、デヴリム殿にお骨折りいただこう。それより、万一の事もある――〝トレンタ〟」


 二番目に質問した女の声が、「はっ」と答える。


「働いてもらうぞ。お前に〝シンミア五〟を与える。出来るな?」


 男の問いかけに、フードの部分を脱ぐと、そこには黒髪に浅黒い肌をした女の顔が表れた。

 異様なのは、その目だ。

 両目が、銀色の光沢をした眼鏡のようなもので覆われている。


「はっ。お任せを」

「次は如何いたしましょう?」


 最初に質問した女の声。


「残りはレーヴェンラントに向かう」


 再びざわめく一同。


「では、いよいよ〝本丸〟に?」

「いや、まだその時ではない。詳しくはいずれ話すが、まずは我々の出番という所だ」


 ざわめき声に、高揚感が混じった。


「良いか。くれぐれも気取られるな」

「はっ!」

「では、散会」



 男の言葉と共に、集団のローブが、一斉に、バサリと音をたてて地に落ちた。

 それと同時に、黒い影がローブから出たと思うと、廃寺院の窓や扉から風のように飛び去っていく。


 それは猿であった。


 不気味な猿達が各々の方向に飛び去ると、中にはローブをまとった男と、トレンタと呼ばれた女のみが残っていた。

 ローブの男が言う。


「後はお前に任せる。もしもの時は、わかっているな?」

「はい」


 そう答えた銀眼鏡の女に、ローブの男は手を差し伸べると、女の顎を手で軽く持ち上げ、己の唇を重ね合わせた。ゆっくりと互いの舌を絡ませる。やがて顔が離れると、トレンタは眼鏡に覆われていてもわかるほどに恍惚とした表情を見せていた。


「スヴェ――」


 何かを言いかけた女の唇に、己の人差し指を当て、「しっ」と呟く男。


「ここで〝その名〟を口にするな」

「申し訳ございません……!」

「よい。だが、洗礼は施した。これでお前の魂も、〝オプス〟の身許に行けるであろう」


「〝黒き母〟よ永遠たれ」

「〝黒き母〟よ永遠たれ」


 同じ祈りを捧げ、二人は両手を掬うような手つきで、頭を垂れた。

 それは敬虔なようであり、廃寺院という場所も手伝って、それ以上の不気味さを醸し出していた。


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