諦観
お久しぶりです
「それで……」
そこは、人の手によって堅固に整えられた黒石の壁と床で出来ていた。
目を上げれば細長い通路があり、その通路の両端には鉄格子の嵌まる小部屋が幾つも連なっている。
言うまでもなく……牢屋だ。
「なんでこんな事になってるのよ!!」
「なんでって……クラスティに負けたからだが」
ミカは牢屋の前で金切り声をあげた。
これまた言うまでもなく、ミカの目の前の牢屋にぶちこまれてるのは夢見る弩砲騎士だ。
ここは〈D.D.D〉の所有する施設のひとつであり、死んでも大神殿で復活する〈冒険者〉を拘束するための場所である。
「クラスティだけじゃなくて〈D.D.D〉のパーティもいたじゃないの!なんで挑むのよ!バカじゃないの!?」
「まぁそう言うな。暇だったんだ」
「それがバカなんでしょ!」
ぷんすこ、とばかりに怒るミカに対し、牢屋にいる弩砲騎士は上機嫌だった。
それが益々ミカの癪に障るのだが、今の弩砲騎士にはそれもそよ風らしい。
ミカの背後では彼女を弩砲騎士の元に連れてきたキャンデロロが呆れた顔をしている。
「俺のことより、お前が会いに来た……なんだっけほら、俺が殺し損ねた人よ……は、良いのか?」
「アーマンフィさん達にはとっくに会って来たわ!」
「そうか」
露骨な話題転換にしか見えないが、あれでいてふと気になったから口にしただけなんだな、と†麗沙†なら理解しただろうが、生憎と本人はここにはいない。
故に、露骨な話題転換に見えたキャンデロロが呆れた溜め息をつき
「もうやめなよミカ。何言ったってしょーがないよ」
「むむぅ……」
「しかし爆音キャンディ、良くミカが俺に会うのを許したな」
「その呼び方やめろっつってんでしょ!?……アタシも気になってはいたのよ、アンタ元気なさすぎでしょ?」
「でしょっていわれても」
「あ、その人あれよ。友達に逃げられた所なのよ」
「うわダッサ。良い気味だ。ざまぁ!」
「……お嬢ちゃん、友達いないだろ」
「い、いるよ!ミカとか!」
「え?」
「え?」
愕然としたキャンデロロがミカと見つめ合っていると、弩砲騎士が隣の牢屋 ─と言っても壁だが─ に兜に包まれた目を向けて
「そう言えば、イミテイターはどうした?どうも牢にはいないみたいだが」
「……逃げた」
「ん?」
「だ・か・ら・逃・げ・た!アタシらの包囲を突破して逃げられました!」
「何やっとるんだ貴様ら」
「うるさい!」
ダンダン、と地団駄を踏むキャンデロロに鬱陶しいなと視線を向けた弩砲騎士にミカがポツリと聞いた。
「……なんでそんなにイミテイターの事が気になるのかしら?」
ふむ、と弩砲騎士は考える。
「理由を言うなら……気に入らない、だな」
「でもはじめてあったんでしょ?」
「だからこそと言うべきかね。一目見て相容れないと思った……などと陳腐な理由をこの口で言うとは思わなかったな」
やれやれ、と弩砲騎士が首を振った。
ミカはそんな弩砲騎士に不満気に、でもそれ以上は何も言わなかった。
理屈の通る理由が無いのは、自身が弩砲騎士達の所に身を寄せるのと同じ ─ミカは単に悪い事をやめさせようと思っただけだが─ だからだ。
「まぁいいわ。ところで……」
チラッとミカがキャンデロロを見る。
そしておもむろに弩砲騎士に拳大の包を渡した。
「なんだ?これは……」
「あ〜〜〜〜!!!」
その瞬間、キャンデロロがまさに爆音とも言うべき声を上げた。
「うるさいぞ爆音」
「キャンデロロって呼べ!じゃない!それ、〈クレセントバーガー〉じゃないの!?なんでそれをソイツにあげちゃうの!?」
〈クレセントバーガー〉……なんとなく聞き覚えのある音に首をひねった弩砲騎士に、ミカが
「ほら、ここに来る前に話したじゃない。味のある料理を出すお店。〈クレセントムーン〉のハンバーガーよ」
「ああ……そう言えばそれも目的だったか」
「どっちかと言えば本命ね!じゃ、おとなしくしてなさい!」
「分かった分かった」
「本当に分かってんのかしら……」
ブツブツと呟きながらミカはキャンキャンわめくキャンデロロと共に牢を出て行く。
彼女は、要するに弩砲騎士が無謀な事をしない用に釘を刺しにきたのだろう。
少し前……バラパラム達に出て行かれる前の弩砲騎士ならそんな事気にもとめなかったろうが……
「ま、もうそんな気も起きんよ……」
牢屋に寝転がり ─ちなみに全身鎧のままだ─ 弩砲騎士は独り言を呟く。
クラスティは、結局戦いの最中に「つまらない」と言ってどこかに去り、他の有象無象相手でも自分はこの状況だ。
キャンデロロに至っては「元気がない」と来た。
彼自身、苦笑を禁じえない程に、今の自分からは気力が失われていると感じている。
身も心も怠惰が侵しているのだ、と。
「うまいな……」
彼は〈クレセントバーガー〉を頬張る。
鎧を脱いだ姿を見る者は誰もいない。
弩砲騎士は、クラスティ達との戦闘で完全に満足していた……いや、あれこそが弩砲騎士に諦念を抱かせた最後のきっかけと言ってもいい。
マトモに抗う事も出来ずにトッププレイヤーに負ける。
それは、口だけでも最強になりたいと言った彼の、すがりつける目的を完膚なきまでに破壊した。
集落の〈大地人〉は弩砲騎士を恐れるが、他のメンバー達との仲は良いから心配はいらない。
バラパラムと言う友が出て行ったのも、こたえているのかどうか。
牢からも出ず、日々無音に近い時間を過ごして。
彼は夢から覚めたのだ。
それが、これからアキバに起こる激動で、全てを手放すことになるとも知らずに。
次回から腑抜けた弩砲騎士目線の話は減っていきます




