未来ある少年たち
聞き分けの良い二人を見送ったギルド受付嬢―――のその隣の受付嬢は、厄介な事態になっていた。
彼女が応対しているのは、聞き分けの良くない冒険者志望者達だ。
「だからっ、Fクラスからなんてやってられっか!」
「規則ですから、仕方がないんです」
「俺たちはモンスターを狩りたい。その為の装備も整えてきた」
「装備も適正レベルかどうかもこの際関係ありません。モンスターを討伐するのは自由ですし、手に入った素材は買い取らせていただきます」
「それじゃあクラスも上がらないし、名前も売れませんよね?」
「ですから――――」
うんざりするほどの押し問答を繰り返した後、ようやく血気盛んな3人の若者は折れた。
鉄の剣を下げた焦げ茶色の髪の少年は、アルド。英雄譚に憧れて、幼馴染たちを誘って冒険者ギルドを訪れた。それが、あの様だ。スタート地点はあまりにも低く、期待していただけに、落胆は大きい。
同じく剣を下げた、背の高い少年、ノル。剣士になりたくて、幼馴染の誘いに乗った。強くなるには、実戦が一番だ。
眼鏡を掛けた冷静そうな少年、ディー。魔術師を目指していたが、二人の事が放っておけず、なんだかんだでここまで一緒に来てしまった。来てしまったからには、やる気はある。
「くっそ、あの頑固の石頭女め!」
受付所に背を向け、早速アルドが吐き捨てた。大きな声だったが、よくあることの為に誰も3人に注目することは無い。
「落ち着け、アルド。最初はそんなものだろう。まずは薬草探しの依頼でもいいんじゃないか?」
「そうですね。昇格試験の為には出来るだけ依頼をこなしておいた方が有利ですし、森に行けばモンスターにも出会えると思います」
それもそうか、とアルドは思い直した。
今はまだ冒険者見習いという立場だが、自分を鍛練することに制限を設けられた訳では無い。実戦には、少しでも慣れておいた方が良い。
「では、『始まりの森』に行きましょうか。ついでにそこでの依頼もいくつか受けていきましょう」
ディーが眼鏡を押し上げて、掲示板を少し目を細めながら眺める。どうやら、1件だけ薬草探しの依頼があるようだ。
「あれで良いなら、俺が行ってくるぞ」
依頼を受理しようとするノルを、慌ててアルドが引き止めた。最初の依頼くらい、リーダーである自分が受けたい、と考えたからだ。
「んじゃ、お前らはここで待ってろよ!」
「人が多いんだから走らないで下さい、ぶつかりますよ」
へへっと笑い、アルドが二人の方を振り向く。
「大丈夫だって――――うわっ!」
「ああ、やっぱり」
案の定、というべきかアルドは人にぶつかり、尻餅をついた。相手はよろめいただけで、怪我をさせた様子は無い。
「おっと、気を付けろよ」
「危ないのよ、気を付けなさい」
すみません、と謝りながらアルドは立ち上がった。勇み足だったぶん、恥ずかしさも倍増である。
幸い、ぶつかった青年と抱えられていた少女はそれ以上文句を言う気は無いようだった。それよりついでに、と言った様子で質問してきた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「ここで一番良い宿屋はどこかしら?」
「えっと……」
たしか、この二人も新米冒険者のはずだ。自分達の斜め前でギルド嬢から説明を受けていた。それなのに初日から高級宿に泊まれることを、三人は少し羨ましく思った。アルドたちは一番安い宿の、小汚い、固いベッドの団体部屋が関の山である。
高級宿なんて夢のまた夢、チェックなどしてない。
「おそらく、金の鵞鳥亭じゃないでしょうか」
追いついてきたディーが代わりに答えた。内心、安堵の溜息を吐いた。縁が無いので分かりません、と答えるのは流石に惨めだった。
「そうか、ありがとな」
「これでさっきの事は許してあげるわ」
そうして、二人は笑い合いながらギルドを後にした。
「………。」
あのように遊びで冒険者を目指すやつもいるのだ。男の方は貴族のような格好をしていたし、実家に金があるのだろう。
いやいや、と芽生えそうになる嫉妬心を振り払う。自分は、自分の手で未来を切り開くのだ。実力さえあれば、いくらだって身を立てられる。そしていつかは、英雄と呼ばれるようになってみせる。
「だから言ったじゃないですか、走るなと」
呆れた様なディーの声を無視するように、それでも走ることなく、今度こそアルドは依頼を受理してきた。
死亡フラグでした