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捨て駒の罠師  作者: ポコナムチン


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勝率0%

「クソ、アイツラドコニイッタ」


口の周りを血で汚した怪物は、逃した獲物を探している。

だが焦ることはない。

先ほどまで降っていた雨で地面がぬかるんでいる。

足音をたどればおのずと追いつくだろう。


だからまず狙うべきは吹き飛ばした女のほうだ。


「こないで!!」


声だ。

やかましいほど甲高い。


だが自分から居場所をばらすなんて。

バカな奴らだ。


体を動かせるなら遠くに逃げるべきだろう。

少なくともここの村人たちはそうしていた。


助けてと命乞いをするもの。

自分の子を守るために我に立ち向かってきたもの。

馬に乗り一人で逃げようとしたもの。


だがそいつらは一人残らず腹の中だ。


あいつは死ぬ前に何を叫ぶだろう。


生きたいと懇願するのか。

愛する者の名を呟くのか。

はたまた自分を見捨てた男への罵詈雑言か。


そのどれもが我にとってはここちのいい音だ。


いた。


泣きそうな顔で突っ立っておる、

足は震え、顔は涙でぐしゃぐしゃではないか。


そうか、男のほうは逃げたか。

だが安心しろ。

しばらくしたらまた会えるぞ。


怪物は少女へ迫る。

強者ゆえのおごりか、

はたまた目の前の命をただの食事として認識しているのか、

不気味な笑みを浮かべ近づいてくる。


「こないでよ!!」


少女は叫ぶが、怪物の足は止まらない。

声は震え、全身が恐怖に染まっている。


「っ!!!」


少女は背を向け走る。

足を引きずり、少しづつ。


怪物がその気になれば、数秒と持たず少女は捕まるだろう。


だがそんなことはしない。


相手がどうしようもならないと絶望し、あきらめる。

その苦悶に満ちた表情こそが一番のスパイスだ。


ん?


「キョウカイカ」


少女は教会へ逃げ込む。

最後に神にでも祈るのか。

だがそんなものはいない。

もしいるのならなぜ我は生きている。

いもしない存在に祈るなどバカがすることだ。


ドガンッ


怪物が扉を蹴破る。


もはや少女は声も出ない。

芋虫のように這いつくばり、距離をとることしかできない。


「いや…いやぁ!!」


くっくっく。

それだ。その顔だ。


せいぜい命が尽きるその時まで、

泣きわめいておくがいい。


怪物が近づき、少女に向かって手を伸ばす。


その時、声が響く。


「こっちだぁぁぁぁ!!!!」


どこからだ!!

この声は間違いない。

あの男の声だ!!


「くらえバケモノ!!」


上だ!

だが探す手間が省けた。

怪物は声のする方向。

上へと顔を向ける。


ガシャァァァン


それと同時に、怪物の顔へ強い衝撃が走る。


「グァァァ!!!」


なんだ。

何が起きた。


目が霞む。

頭が揺れる。


だが視界にいるのは間違いない。


あの男だ。



ーーーーー



時は数分前、少年と少女が合流した時にさかのぼる。


「いい?君には少しの間、囮になってもらう」


少年は告げる。

今まで囮として使われてきた少年は知っている。

囮がどれだけ恐ろしい役割か。

仲間を信じ、助けが来ることを望むしかしないことを。

信じていた仲間に裏切られることがあることを。


もっといい作戦なんていくらでもあるはずだ。

だが、今のこの状況で使える手はこれだけだ。


「もちろん君が嫌ならもっと別の手を考える。だから君は」


「やるわ」


少年が最後まで言い終わらないうちに、少女は承諾する。


「っ?!命がかかってるんだよ?もっと躊躇というかなんというか…」


「そんなもの必要ないわ。今の私たちは仲間よ」

「仲間の言葉を信じるのに理由なんかいる?」


…どうやら覚悟が足りなかったのは僕の方らしい。


「じゃあまずはこの教会に奴をおびき出す。」

「できるかい?」


少年は問う。

彼女の覚悟を。

再度。


「もちろん!!」


その返事には迷いなんてない。

改めて彼女とパーティーを組んでよかったと思う。


「この作戦は勝つためのものじゃない…」

「どんなに頑張っても勝率は0だ」

「僕たちだけならその事実は変わらない」


少年は言う。


僕が時間を稼ぐ。

君はそのすきにギルドへ助けを呼んできてほしい。

どれだけ時間がかかっても。


「…死ぬ気はないのよね?」


少女は問う。


どれだけかかるかわからない。

そもそもあんな怪物を長い時間足止めできるのかと。

自分だけを逃がすために嘘ではないのかと。


「大丈夫。死ぬ気なんてないさ」


「生きるために建て作戦だもん」



ーーーーー



ドォォォン



大きな轟音と共に、オーガが倒れる。


やったのだ。

あの少年がやってのけたのだ。


「やったわね!!」


「まだです!!!!」


少女のかりそめの喜びを少年が遮る。


「ヨクモヤリオッタナ…」


倒れた怪物から声がする。


死んでいない。

それどころか意識まである。


「走れ!!」


少年の声に少女は一瞬驚く。

だが作戦のかなめは自分だ。

助けを呼べなければ少年は死ぬ。


怪物の脇をすり抜け。

ただひたすらに。

前に。前に。前に。


振り返るな。

あの少年が作った時間を無駄にするな。


「行ったね…」


少年はそうつぶやくと、腰に下げたロープを怪物の首へと引っ掛ける。


そしてロープの橋を、自分の体に結びつける。


「ウガァァァァ!!」


怪物が起き上がる。

声から漏れ出る怒り。

自分をこんな目に合わせたものへの怒り。


そのすべてが少年へと向く。


少年は走る。

教会から飛び出し、ある一点へと。

心臓の鼓動は早く、

肺はちぎれそうなほど痛い。


だが走る。

止まればそこで終わりだ。


足音が近づいてくる。

スピードで奴にはかなわない。

力も、スキルも、経験も。


だからこれは効く。

弱者だけの持ちうる武器なら。


やがて近づく。

目指していた場所。

崩れかけだったあの井戸へ。


すると少年は、ポケットにあるすべてのポーションを井戸の手前の地面へと投げつける。

薬品を包むガラス瓶は、音を立て割れる。

中身が飛び散り、不思議なにおいが充満する。


やがて少年は立ち止まり振り返る。

すぐ背後には井戸、目の前には怪物。


まさに背水の陣。

一対一の最終局面。


「ニゲタアノムスメモカナラズコロス」


怪物がうなる。

人間にここまでコケにされたのは初めてだろう。


手にした棍棒に力が加わるのが分かる。

喰らったらひとたまりもない。


「サイゴニイウコトハアルカ」


怪物が問う。

目の前の存在を、獲物ではなく、敵と判断して。


だがこちらは違う。

お前は最初から僕らの敵だ。


「あるかよバーカ」


怪物が迫る。

大きな踏み込みののち、横払いが来る。


タイミングを間違えるな。

一瞬の狂いも許されない。


まだだ。



まだだ。



まだだ…




「今だ!!!」


少年は力いっぱい後ろへ跳ぶ。


黒く、深く、赤く染まった水が張っているあの井戸へ


空を切った棍棒の威力を支えられず、怪物は体勢を崩す。


先ほど撒いていたポーション。

あれはぬかるみを作るためだったのか?!


だがまだ終わりではない。


直後、首に大きな衝撃が走る。

少年につながれたロープにより、全体重が首にかかる。


崩れた体重とかかる衝撃、それに足元のぬかるみが加われば、転倒は必至。


怪物は吸い込まれるように井戸へ落ちる。


「ナンダコレハァァァァ!!!」


頭に両腕、それに腰までがすっぽりとはまる。

この大きな体では、身動きが取れない。


「キサマァァ!!コレガネライカァァァ!!!!!!」


大地に埋め込まれた井戸は、怪物の怪力でも崩せない。


成功だ。

あの怪物の動きを止めることに成功した。


後はあの子が助けを呼ぶまで耐えるだけだ。


これであの子は無事に助けを呼びに行ける。

自分はそれまで耐えればいいのだ。


やがて少年は目を閉じる。

凍えるほど冷たい。

赤く染まった水に体を浸しながら。

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