26.
「まさか本当に開幕演出以外の出番がないなんて……」
開幕演出を無事に終えた私が有無を言わさず連れてこられたのは、化粧を直してもらう際に訪れた休憩室だった。
しかも、この休憩室は風紀委員会用にと事前に予約していた部屋らしく、私達以外の生徒は使えなくなっているのだとか。
「どこからどこまで貴方の策略だったの?」
恨めしく思いながらそう尋ねた私に、リベリオ殿下は胸元のタイを少し緩めながら答える。
「策略っていう言い方は人聞き悪いけど。
まあ、風紀委員長である君が、せめて誰よりも遅く下校せずに帰ったり、休み時間を全部潰して委員会の仕事をほとんど一人で終わらせたりしなければ、こうはなってなかったかもね」
要するに、『恨むなら自分を恨め』と言われているようで、思わず膨れる私に、リベリオ殿下はため息交じりに言う。
「淑女であり委員長である君が、ランベルトにまで疲労に気付かれているようじゃ駄目でしょう。
ちなみに、君の休憩室待機は風紀委員の総意だから。僕はそんな君の監視役ね」
「監査役って……。それに、何だか少し前にもこんなことがあったような気がするのだけど……!?」
「君が無茶をするからでしょう。あぁ、それと、ただ休憩するだけではないよ」
「え?」
不意にリベリオ殿下は目の前のテーブルに置かれていた鈴を鳴らす。
すると……。
「!?」
休憩室の扉が開かれ、ワゴンを押しながら数名の給仕達が入ってきたかと思えば、お皿に盛り付けられた料理の数々が所狭しと並べられていく。
その見覚えのある品々に、私は思わず声を上げた。
「こ、これって、会場で出されているお料理では」
「そうだよ。君が気兼ねなく食べられるようにという配慮だ」
「配慮……?」
「君の交流会当日の役割変更、休憩室や食事の手配に至るまで、全て僕達風紀委員会だけでなく、生徒会や先生方のご配慮によるものってこと」
「……!? ど、どういうこと!?」
リベリオ殿下の言っていること、今私が置かれている現状全てが理解できず、戸惑う私にリベリオ殿下が言う。
「さっきも言った通り、君が風紀委員長として真面目に仕事をしたおかげで、例年生徒会のみで慌ただしく企画運営していた交流会の準備が滞りなく行われるどころか、やることがなくなるくらいまで仕事量が減った。それに感謝しつつ、君に対する負担への心配が優った、というところかな。せめて当日は委員長にはゆっくりしてほしいって」
「そ、それを言うなら、風紀委員長の私だけでなく、風紀委員の皆にも言えることでは?」
「だから、さっき言ったでしょう?
これは、風紀委員の総意だって。風紀委員の仕事、というよりは君が率先して仕事をしてくれたおかげで、皆が感謝している。
その分、君に負担がかかってしまったのも事実だから、この場を皆で用意したってわけ。理解した?」
「でも」
「あーもう! 往生際が悪い! 良いから君はここで大人しく休んで!
それに、申し訳ないと思っているのなら、早く元気になって」
リベリオ殿下の口調から、心から心配してくれているのが伝わってきて……。
「……ごめんなさい」
「なぜそこで謝るの」
「そうね……」
ここは謝罪の言葉ではない。
今私が言うべきことは、とリベリオ殿下の目をまっすぐと見ると、この気持ちが伝わるように口にした。
「ありがとう」
そう感謝の言葉を口にすると、リベリオ殿下は一瞬目を見開いた後、「どういたしまして」と微笑み返してくれた。
そして、二人で豪華な食事をいただくことになった。
どれも美味しそうで、何から手をつければ良いか迷っている私に、リベリオ殿下は笑って「好きなものからにしたら?」と提案してくれ、私は立食用のカップに入れられた野菜スープを選び、口にする。
「……! 美味しい……」
まだ温かいスープは、じんわりと心に染み渡って。
「……ハンカチ、いる?」
向かいに座っているリベリオ殿下にそう尋ねられたことで、また泣いてしまっていることに気が付いたけれど。
「いいえ、大丈夫。これは、嬉し涙だから」
泣いている場合ではない。
今は、この温かさを噛み締めていたい。
そう思い、彼に向かって微笑みながら指先でそっと目元を拭うと、皆の心遣いに感謝しながら料理の数々に舌鼓を打つのだった。
「ありがとう」
食事を摂り終え、二人でバルコニーへ出てから開口一番告げた言葉に、リベリオ殿下が星空に向けていた視線を私に向けて口を開く。
「……余計なことだった?」
「いいえ。そうね、最初はかなり戸惑ったけれど……、でも、貴方の行動には優しさが詰まっているのを感じたから。それに、今日私を休ませる計画を立ててくれたのも、元は貴方が発案してくれたのでしょう?」
「!」
リベリオ殿下がわかりやすく目を見開いたことで微笑むと、今度は私が空を見上げた。
「貴方が時間を作ってくれなければ、私がこうしてお腹が満たされるまで美味しい食事を戴くことも、空を見上げることも、空に幾千もの星が瞬いていることにも気が付かなかった。
だから、今日のことは皆のおかげであり、一番は貴方のおかげだと思っている。
ありがとう。今日という日を、私はこの先一生忘れないでいたいわ」
「……!」
リベリオ殿下が息を呑み、じっと私を見つめる。
その視線を受けて気恥ずかしくなった私は、星空を見上げるフリをしてさりげなく彼から視線を外すと。
「……えっ」
次の瞬間、ふわりと温かな心地に包まれる。
それが、リベリオ殿下が私を後ろから抱きしめているのだと気が付くのに、あまり時間はかからなかった。




