21.
―――気が付けば、大きな木の下にいた。
(これは……、乙女ゲームのスチル?)
どうやら私は、木陰にいるらしい。
木の陰によって私の陰も姿も隠されていることで、私の存在に気が付いていないのだろう彼らは、雲ひとつない青空を背景に対峙していた。
『私を、パートナーにしてくださいますか……?』
緊張からか震えているその声の主は、紛れもない乙女ゲーム……、この世界の主人公であるエレナだ。
そして、彼女がパートナーを申し込んだ相手は……。
『……はい』
「…………ッ!?」
思わず悲鳴を上げそうになる。
顔は見えないけれど、彼女の手を取ったのは紛れもない……。
「……リベ、リオでんか?」
その名を呟いたことで、どす黒い感情が胸を渦巻く。
(どうして……?)
それと同時に、視界が闇に覆われ、得体の知れない“何か”が身体中を駆け巡る。
何もかも分からなくて、辛くて、悲しくて、憎くて。
叫び出したい衝動に襲われるけれど、声が出ない、そんなもどかしさを抱えながら意識が遠のく寸前、脳裏に響いた声は。
『あぁ、かわいそうに。お前は一生選ばれない』―――
「……ッ、ハァッ、ハァ……」
ハッと目が覚める。汗ばんだ夜着が肌にはりついて気持ちが悪い。
無駄に乱れてしまった呼吸を整えながら、現状を把握する。
(……見慣れた寮の自室、窓の外は暗い……)
「……最悪な夢……」
最近、何度も決まって同じ夢を見る。
エレナと、リベリオ殿下が寄り添う夢。
そうして目が覚める度、私も同じことを繰り返す。
(違う、あれは夢。だって、この世界では、エレナはランベルトを選んだのだから)
そう何度も、自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。
そんな自分に、腹が立つ。
(駄目、違う、エレナがリベリオ殿下を選ばなければ、ハッピーエンドにならない。それなのに、私は……)
そうして今日も、罪悪感に駆られながら、夜が明けていく。
「1・2・3……」
園舎の一角にある日当たりの良い部屋の一室で、アルノルドのワルツのリズムを刻んでくれる声と、それに合わせて踊っている私とリベリオ殿下、二人分の足音が部屋に響く。
頭の中で鳴らしていたワルツの演奏が終わる直前、リベリオ殿下と目配せすると、暗黙の了解として二人同時にそれぞれの礼を取り、ダンスが終了する。
そうして一拍置いてから息を吐き、口を開いた。
「……と、こんな感じだけれど、どうかしら?」
私が尋ねると、エレナはパチパチと拍手をしながら言葉を発する。
「っ、凄いです! さすがです! とっても素敵でした!!」
「あ、ありがとう……」
目をキラキラとさせ、手放しに喜ぶエレナの姿が可愛くて、どう反応すべきか困っていると。
「あ、照れてる」
「!」
不意に隣から顔を覗き込んできたのは、つい先ほどまで踊っていたリベリオ殿下で。
そこでようやく言葉が出てくる。
「て、照れていないわよ」
「ふふ、そういうことにしておいてあげる」
そう悪戯っぽく微笑まれ、なんとも言えないこそばゆさに落ち着かなく視線を彷徨わせると。
「はい、いちいち見せつけないでください。それに、ちゃっかり手を繋いだままですしね」
「!」
エレナのパートナーとして見学していたランベルトに指摘されたことで、初めて手を繋いだままだったことに気が付き、慌てて手を離した私にリベリオ殿下が小さく呟くように言った。
「気付いちゃったか。残念」
「〜〜〜!?」
動揺する私に気付いているのか気付いていないのか、リベリオ殿下はさっさと一人でランベルト達が座っている方へ戻って行ってしまう。
私も慌てて彼らの元へ行き、次はランベルトとエレナのダンスを見学する番に回った。
夜会まで二週間を切ろうとしている今日、パートナーを決めた私達は、初めて合同練習をしていた。
この機会が設けられた発端は、エレナの「一緒にダンスの練習がしたい」という発言にある。
ちなみに、その発言も乙女ゲーム中の台詞と一言一句違わなかった。
(エレナが言葉を発する度、ここは乙女ゲームの世界なんだと思い知らされる……)
エレナとランベルトが踊っている。その二人の姿も、ゲーム中のスチルと何ら変わらない……。
「ロザリア」
「っ!?」
吐息がかかる距離で名前を呼ばれ、息を呑む。
そんな私を見て、リベリオ殿下は心配そうに尋ねた。
「今、ボーッとしていたでしょう?」
「ご、ごめんなさい」
「謝ることじゃないよ。疲れたなら休みを入れようか?」
「いいえ、大丈夫よ。こうして一緒に練習出来るのも次はいつになるか分からないもの」
「……はぁ」
「!?」
リベリオ殿下がため息を吐きながら立ち上がる。
(あ、呆れられた……?)
リベリオ殿下の横顔を見て心臓がチクリと痛んだ私をよそに、彼は手を二回ほど叩くと、エレナとランベルトに向かって告げた。
「全然呼吸が合っていません。ランベルトはリードが速すぎますし、エレナ嬢はついていくのが精一杯。お互いに視線も合っていないですし……、やる気がありますか?」
「!? そ、それは言い過ぎでは」
リベリオ殿下の厳しい意見に、思わず立ち上がった私に、彼は私を一度見遣ってから二人に再度目を向け、厳しい口調で言い放った。
「風紀委員会の顔になるのですから、生半可な気持ちで臨まれては困ります。呼吸も合っていないようでは恥晒しになるだけですので、本番は私達だけで結構です。……委員長、行きましょう。これ以上は時間の無駄です」
「えっ……!?」
リベリオ殿下は戸惑う私の手を引くと、有無を言わさずその場を後にしたのだった。




