第84話 出発!!!!
沼垂ダンジョン、地下一階。
零那が見せた注文画面をみんなで覗き込む。
「ほんとだ……地下20階からの注文かあ。お姉ちゃん、これピックしてきたの?」
「もちろんよ。ハンバーガー10個。よく食べる人みたいね」
「そのくらい普通じゃない?」
「この際だから言っとくけど、羽衣、あんたの食べる量は普通じゃないわよ」
「そうかなあ?」
首をかしげる羽衣。
どうやら、自分が大食いだという自覚がないらしい。
「っていうか、冷えちゃわないかなあ」
「いいわよ、多少冷めたって。地下20階だから、何日かかかると思うわ。逆に保冷剤入れて冷やしてあるわよ。そのくらい我慢してもらわなきゃ」
「冷えたハンバーガー……」
「届ける直前に法力であっためてあげれば大丈夫」
「大丈夫……かなあ……?」
のんびりした会話を続ける姉妹。
そこに、トメが厳しい顔をして言う。
「で、これは……配達先の名前はどうなってる? もしかして、朱雀院彩華か?」
「いえ、ウービーのアプリは配達先の名前は表示されないのよ。でも、多分そうね。今思うと彼女と握手したあのとき、ビリッって静電気みたいなのを感じたのよ。あれ、私の霊的バリアが反応した感覚だったかもしれないわ……」
「あ、お姉ちゃん私も静電気きた!」
羽衣の言葉に零那が頷く。
「きっと、そうよね……。私と羽衣は小さいころから月羽派の修験道を修行してたから……。仏母大孔雀明王様のご加護があるのよ」
それを聞いて虹子は感嘆の声をあげる。
「おお~さすがお姉さまと羽衣ちゃん。で、それを私とトメさんはまともに食らっちゃったってわけね……」
「そうみたいね。地上に戻ってた間、電話でヒーバーにもいろいろ相談したんだけど、呪いを解くにはどうしてもその呪いの元になっている悪い神様をやっつけなきゃいけないみたい。ヒーバーからお札とか法具とかを送ってもらったわ」
零那は準備のために二日間ほど地上に戻っていた。
その間に、いろいろ役に立ちそうなものを送ってもらったのだ。
「お父さんとお母さんは……?」
羽衣が上目遣いで零那に小声で聞いてくる。
零那は思わず顔をしかめてしまう。
いろいろ複雑な感情があるのだ。
「あ、ああ、うん……。まあ、ヒーバーが連絡したみたいで、そっちからもなんやかや送られてきてた……。まあ、いいのよ、あいつらは」
「またそんなこと言って……」
「羽衣はまだいいわよ、あいつらにまだかわいがられてたから……。私なんて――」
「はいはいストーップ!」
虹子が割って入る。
「親は親、子供は子供! どっちもそれぞれの人生を自分のために生きてるだけだから! 私も弱ると親を恨むときあるから人の事言えないけど。あはは! それより、お姉さま。前から思ってたけど、お姉さまたちのひいおばあさんって何者なの?」
虹子がそう聞くと、親のことを思い出してまだブツブツ言っている零那に代わって羽衣が答える。
「さあ? 聞いても答えてくれないし……。でもすごい霊力を持ってるし、修験道だけじゃなくていろんなことを知っているから、きっと昔はすごい人だったんじゃないかなあ……。巫女さんやってた時があるとか言ってたし、それに怪異ハンターとかやってた風のこと言ってたし」
「巫女さん! 素敵! お姉さまのひいおばあさんだし、きっと美人なんだろうな」
「もう95歳だよ……」
「なに言ってんの、女が輝くのは年をとってからだよ!」
「とりすぎじゃないかなあ……」
ヤミは零那たちの会話には加わらず、ペンダントを矯めつ眇めつ眺めている。
「お母さん……もう何日も会ってないなあ……」
零那は配信をみているであろうヤミの母親――小夜子にもわかるように復唱する。
カメラ越しだと、ヤミの姿はおぼろげながらもやのように見えているかもしれないが、おそらく声は聞こえてないと思ったのだ。
「ヤッちゃん、お母さんにもう何日も会ってないの?」
「うん、だってずっとここで迷ってるから……」
「ここで迷ってたんだね。でも大丈夫。私たちがきっと……お母さんのところまで……ヤッちゃんを届けるから!」
「ほんと? お願いね!」
その屈託のない笑顔を見ると、零那はもういてもたってもいられなくなってきた。
できることを全部やったげよう。
虹子やトメを助けることはもちろん、ヤミにも救済を。
山伏である零那は仏法の僧でもある。
そうは言っても、一切衆生を救い、仏への道を開く、といった教えではない。
ただし、自利利他、自分を幸せにすることと他人を幸せに救うことが一体となった信念は魂に叩き込まれている。
目の前の、困っている幽霊を救うのは、山伏としての当然の思いだった。
「さっそく、行きましょう! 私と羽衣が交代で自転車を漕ぐわ。みんなは後ろのトレーラーにつかまって!」
零那の言葉にみなが従った。
全員救うわよ、と零那は思う。
虹子も。
トメも。
ヤミも。
ヤミのお母さんも。
正気じゃないレベルのきつい修行を子供のころからさせられてきたのだ。
それはまさに、このためだったのかもしれない。
自転車に跨り、ギュッとハンドルを握る。
「さあ、行くわよ!」
零那は自転車のペダルに足をかけた。
一輪のトレーラーは格子でできたカゴ状の荷台になっている。
虹子と羽衣はそのカゴに外側からつかまっている。
ヤミはカゴの中の荷物の上にちょこんと座っていた。
霊体なので、ヤミの体重は感じない。
「あのー、これ、今からどこに行くの?」
ヤミがまだわかっていない表情で聞くと、羽衣が答える。
「あのね、ヤミちゃんは今、呪いを受けているの。それを解かないと地上に戻れないんだよ。虹子さんとトメさんも同じ呪いを受けてるんだ。だから、これからみんなで呪いのモトを断ち切りに行くの」
「どこまで?」
「えっと、多分、地下20階」
「ひぇっ!? それって無理じゃないの?」
羽衣がすかさず言う。
「大丈夫、お姉ちゃんと私がいるから!」
「ほんと?」
ヤミは不安そうな顔だ。
そしてトメは、電動ではないキックボードに足をかけていた。
カゴからヒモが伸びていて、それをつかんでいる。
「あまり飛ばすなよ。私がコケない程度のスピードで頼む」
零那は自転車に跨ったまま振り向いて、
「うん、ほどほどにするわ。先は長いしね。三日か、四日……もしかしたら、それ以上かかるかもしれないわ。じゃあ、行くわよ。みんな、ちゃんとつかまっててね!」
そしてついに、地下20階への探索行が始まったのだった。
と、思ったそのとき。
零那のスマホがピロリンと鳴った。
それをチラリとみる零那。
スマホに表示されたのは……。
『パラパラパーラー駅前店! 明後日10:00新装開店!』
零那はペダルを踏む足にグッ! と力を入れた。




