第85話 ステイルフィッシュ
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばムギーッ!」
虹子が叫ぶ。
「イエエエエエエエエエイッ! きんもちいいいいーーー!!」
ヤミも叫ぶ。
「まてえええええええええええええええええい!!! コケるコケるコケる! やややややめめめめめメェ~~~~~~~~!」
自転車のトレーラーから伸びるひもをつかみ、キックボードに乗っているトメも叫んだ。
そして。
「プオオオオオオン! プオオオオオオオン!」
羽衣が大音響で法螺貝を吹き鳴らしている。
〈なにこれ〉
〈耳が痛い〉
〈スピード出しすぎ〉
〈何キロ出してる?〉
なにしろ、今までは古いママチャリだったのが、最新のダウンヒルバイクに乗り換えたのだ。
いくらでもスピードを出せる気がする。
零那はグングンとペダルを踏む。
そのスピードは時速100キロの世界へと届こうとしていた。
自転車の前部に四縦五横の格子を固定し、それをバリアとしてすべてを跳ね飛ばして進む。
襲い掛かってくるゴブリン、零那の自転車に轢かれて秒で……いや瞬間的に血の煙になった。
「あばばばばばば血がぁ! 血ぃぃぃ!」
虹子の悲鳴。
「いひひひひひひひたっのし~~~~~~!」
ジェットコースターに乗っているかのように両手でバンザイして喜びはしゃぐのはヤミだ。
ドアが見える。
「関係ないわっ! 明後日の十時新装開店っ!!」
光の格子でドアをぶち破る自転車。
「プオオオオン! プオオオオオオン!」
鳴りやまぬ法螺貝。
そして地下二階への階段。
「待て待て待て待てそこはゆっくり頼むぞっ!」
トメの必死の頼みもむなしく。
自転車は一気に階段を駆け下りる。
ダウンヒルバイクの真骨頂である。
〈またドローンが置いて行かれてる〉
〈すごい、トメっちキックボードでジャンプしてるぞ〉
〈まるでスケボーだな〉
〈あ、ステイルフィッシュ〉
〈さすがニンジャ〉
〈そのトリック、無駄な動きすぎだろ〉
「お姉さま待って! ドローンを置いてかないで!」
虹子が絶叫すると、やっとのことで自転車が減速し始めた。
「なによ、ノってきたところなのに」
「お姉さま、もう少しゆっくり行こう?」
「いや明後日新装開店だし……。ツーパンマンが入るのよ!」
「いやいやいや……私たちの命かかってるんだよね?」
「だからこそよ! 新装開店は冗談めかして言っただけ! 早く虹子さんとトメさんと……あ、もちろんヤミちゃんも呪いを解かないと! のんびり行ってたらどんな罠があるかわからないわ。スピードとパワーですべてを解決していくわよ!」
そして再びペダルを力強く踏み始める零那。
「ふひゅーー! ふひゅーー!」
虹子はもはや悲鳴をあげる元気もないのか、半ば白目をむいて大きく呼吸するだけになっている。
もはやモンスターどもも恐れをなしたか、近寄ってすら来ない。
いや、来たとしてもそのスピードについてこられないだろうが。
あっという間にたどり着く地下四階。
虹子が立てた看板の前にたどり着く。
零那がブレーキをかける。
250万円もしたダウンヒルバイクのブレーキディスクにパッドが強く押し付けられ、急制動。
自転車トレーラーも連動してブレーキが作動する。
「おわっぷ! あぶなっ!」
トメも慌ててキックボードのブレーキをかける。
ギギーッ! と音をたててキックボードはトレーラーにぶつかる直前、横向きに滑りながら止まった。
零那がひとつ大きな息をつく。
「ふー。この調子なら今日中に地下20階に着きそうね……」
「お姉ちゃん、それはさすがに……」
法螺貝を吹き疲れたのか、羽衣は少し肩で息をしながら言う。
「やっぱりもう少しスピード落とそうよ……。ここから下はマップもよくわかんないし……危ないよ」
「うーん、しょうがないわね……。少しだけよ」
そこに、げっそりと青い顔をした虹子が、ドローンを指さして言った。
「あのね、お姉さま……。ドローンのモーターが焼き付いちゃうよ……。羽衣ちゃんの学費、稼ぎたいんでしょ? 配信の広告収入ほしいんならもう少し速度調整して。ドローンが壊れちゃったら元も子もないでしょ?」
「わかったってば。もう、みんな早く呪いを解きたいんじゃないの?」
「そうだけど、その前に振り落とされて死にそう……」
さらにはトメも言う。
「キックボードが持たないぞ。なんか焦げ臭いにおいがしてきた。加減してくれ」
「あーもうみんなして! はいはいごめんなさい」
ふてくされてそう言う零那。
「えー。もう終わり?」
ヤミはがっかりしたようにそんなことを言っている。
【注意! この先地下6階。覚悟のない者は進入禁止! この先には国も救助隊を送れません】
虹子の綺麗な字でそう書かれている看板。
看板のそばには地下6階へと続く階段。
地下5階に続く階段だと思い込んだヤミや虹子が騙されて降りた、死への階段である。
しかし、零那にとっては、地下6階など遊び場のようなものなのであった。
「じゃあ、のんびり行きますか」
零那の緊張感のない言葉とは対照的に、虹子はぐっと唇を引き結んだ。
彼女にとっては一度命を落としかけた死地なのである。
「この階段……なんか、どこかで……」
ヤミは首をかしげている。
ペンダントによる効果か、少しずつ記憶が戻り始めているのかもしれなかった。
そして零那の漕ぐ自転車と、それがけん引する自転車トレーラーがゆっくりと階段を降りていく。
★
ドローンが映し出す配信画面。
それを、彩華は地下20階で眺めていた。
「楽しそうで何よりだわあ……。……来たわね、地下6階まで……。ふふふ、そこまで自分の意志で来てくれたら……あとは、始末するだけね……」




