ep.9 森の中で
ユラの魔法のおかげで、森の木の家での新しい生活が始まった。ユラの優しさ、アレムの厳しさに触れながら、メイは魔力を引き出す修行の毎日を送るが——。
メイたちが、森の木の家に引っ越してから3週間が経った。
ユラは魔法の研究と掃除を、アレムは剣の鍛錬と料理を、メイは魔法の修行と洗濯を、それぞれ行なった。
途中から、ユラの修行が甘いという理由で、アレムがメイに日課を定めた。
1. 基礎体力をあげるため森を走る。2. 集中力をあげるため石を高く積み上げる。3. 危険を回避するため木に登って動植物を観察する。4.知識を得るため本を読む。5.判断力を早めるため崖から川へ飛び込む。
明らかに根を上げさせるつもりだと、メイは初めムスッとしてやっていたが、次第に自分の成長が目に見えるので、今では楽しい。
森を駆け回り、躊躇なく崖から川へ飛び込んでいくメイを、ユラとアレムは唖然として見つめた。
「なんて子なんだろう」
「……あきらめの悪い女ですね」
「そう言って、本当はメイの杖の先が光るのを、アレムも心待ちにしているでしょう?」
「そんなことありません……。あれ?上がってくるのが遅くありませんか?」
「!」
ユラとアレムは慌てて崖の下を覗いた。メイはスイスイと川を泳いでいた。
「メイー?大丈夫?寒くない?」
「うんん!気持ちいいよー!2人もおいでよ」
メイは2人に手招きした。心配そうだったアレムの顔はすぐにいつもの無表情になり、
「誰が行きますか、そんな汚い川」
と言い捨てて、家へ戻って行った。
「え!この川汚くないよ?こんなに透き通ってるのに!洗濯だっていつもここの川でやってるんだよ?アレムが今着ているその服だって——」
もういないアレムにメイがずっと話しかけるので、ユラは笑ってそれをしばらく聞いていた。
メイの杖の先が光ったのはその夜だった。
「やった!光った!」
いつものように寝る前に杖を持ち、念じてみると光ったので、メイは思わず叫んだ。
すぐにドタバタと駆け足が聞こえて、ユラとアレムがメイの部屋へ集まり、バタン!と戸を開けた。
ベッドに腰掛けたメイの杖の先は、ほのかに光っている。赤色に。
「本当だ!光ってる!」
「……光ってますね……」
「やった!」
メイはユラとアレムに抱きついた。
「魔力引き出せた」
「おめでとう、よく頑張ったね」
ユラはメイの背中をさすって讃えたが、白いワンピース1枚、サラサラの黒髪から漂う石鹸の香り、普段メイが寝ているベッドの横、という状況に気づいて動揺し、精いっぱい平静を装った。
アレムは嬉しさで自分の顔がほころんだことに気づき、無表情を取り繕って、メイの肩に手を置こうとしたが、下ろした。
「まだこれくらいで喜んでいる場合じゃありません。これからが大変なんですよ」
「わかってるけど、今は喜んでもいいじゃん」
メイが呆れたように言うので、ユラは声を出して笑った。
翌朝、晴れやかな気持ちでメイは川で洗濯を始めた。3人の衣服や下着を川で濡らす。袖には杖を忍ばせておいた。
『この光ってるのが僕の魔力。これを脳内のイメージやその場にある物質と合わせることで魔法になる』
ユラは前にそう言っていた。イメージすれば、もしや洗濯が出来るのでは……と思ったのだ。
杖を構え、濡れた衣服を前に、メイは目を閉じて呟いた。
「衣服に染み込んだ水分が浄化され、汚れを分解し……」
「……誰かー、助けてー……」
ふと、遠くで小さい子どもの声が聞こえた。
声のする川上を見ると、10歳くらいの男の子が溺れている。
「大丈夫よ!すぐ行くから!」
メイは自分のワンピースを手に、男の子に向かって走り出した。
洗濯していたら流れてくる男の子、狙ったわけではないですが、状況が桃太郎すぎて自分で笑えました。次回から、この子どもが話に参加します。