ep.33 幼い日のアレム
ユラと無事に会えた、メイ・アレム・シロの3人。お互いの無事を確認し、久しぶりに安心した夜を迎える。翌朝、ユラは婚約が破棄されたことを知らされるが —— 。
ユラが玉座を出てすぐ、女王は持っていた手紙をグシャグシャに握りしめた。
破談になったのは、きっとヴァシルスのせいだろう。あの時、ルヴィーナに何か吹き込んだに違いない。
結婚させれば、ユラはもう王宮から逃れられないと思ったのに……。
女王は先王が亡くなる前のことを思い出した。
「なぁ、ヴァシェル」
「何?」
若き日の女王は、ベッドに横たわる先王の、弱々しい手をとった。
「お前の防御力と、ヴァシルスの攻撃力。お前たち2人が、姉弟仲良く力を合わせれば、バルドルアはより強固な大国となるだろう」
「……そうかもしれないわね」
「ヴァシルスを巧く操れよ、ヴァシェル。バルドルアを任せたぞ……」
先王の手は、力なくベッドへ滑り落ちた。
「ごめんね、パパ 。力を合わせるなんて、無理だわ」
女王は見つめていた、自分の右手を握りしめた。
ユラが玉座の間から中々戻らないので、自室に忘れ物を取りに行きたいとアレムは言った。
メイとシロはそれに付いて行くことにした。
「アレムの部屋が、本当にこんなところにあるの?」
王宮のど真ん中にあるユラの部屋から、どんどん離れていく。暗い塔の、ジメジメした地下に向かっていくアレムに、メイは心配になって聞いた。
「怖い、お化けが出そう……」
メイがそう言うと、「オレは全然怖くないよ?」と言いつつ、シロはメイと手を繋いだ。
「言ったでしょう。私はヴァシルスの実子ではないと。私は庶民の父と母から産まれたんです。何よりも血を重んじる女王には、私は石ころ同然なんですよ」
「でも……これじゃあ、まるで……」
メイは牢獄のようだと言おうとしてやめた。
「あった、ここです」
「ここ? オレんちの方がまだマシだぜ?」
シロは重い、独房のような扉を開けて言った。
4畳程の狭い部屋。布団はなく、小さいベッドとランプ、机と椅子があるだけ。中へ入ったメイは、高校の寮を思い出した。まるでその時の自分に戻ったかのような、やるせない気持ちになった。居場所がない中で、たった1人で暮らす寂しさ、苦しみ、知っている。
「何歳から何歳までここにいたの?」
「6歳から王宮を出るまでの10年です」
「え?」
「10年 ⁉︎ 」
メイとシロは目を見開いた。
「アイツが母に一目惚れして、父と別れさせたのは、私が6歳の時でしたから。間違いなく10年です」
「それじゃあ、アレムのお母さんは?」
「アイツと今でも離れに住んでますよ、たぶん」
自分の比ではない。アレムの寂しさは。メイは胸が苦しくなった。
「ここでの生活は最悪でしたけど、希望はあったんです。毎日こっそり、ユラが私に会いに来てくれましたから。遊び相手が欲しかっただけだと思いますが、私にとって、ユラは何よりの救いでした」
当時の自分たちを懐かしむように、アレムは椅子を眺めた。
「後からユラが第一王子だと知って驚きましたよ。ユラはあの通り、誰とでもフランクに話すでしょう? 昔からそうなんです。ユラにとっては王族とか庶民とか、そういう身分の違いはなんの意味もないんでしょうね」
「確かに。ユラが偉そうにしているとこ、想像できないもんな」
メイは微笑んだ。
「オレも、王宮に来て、ユラって本当に王子だったんだって思ったもん」
シロの言葉に、3人とも声を出して笑った。
「ユラに救ってもらったんだ、この命は。だから、ユラのためなら私はいつ死んでも構わない」
アレムは自分に言い聞かせるように、呟いた。
「あ、そうだ!」机の引き出しを開け、アレムは何かを取り出した。
「これです。忘れ物」
「え? 杖?」
「ええ。ユラが一緒に魔法使いになろうと、プレゼントしてくれた杖です。昔は挫折を思い出させるだけの悲しい代物だったけど、今では宝物だ」
アレムは杖を眺めて微笑んだ。
「なんかアレム変わったね?」
「え?」
「はじめは、感情のない、人形のような、とっても冷たい人だと思ってたけど、なんというか、こう、柔らかくなった」
メイは言いながら少しだけ照れた。そんなメイをアレムは真っ直ぐ見つめた。
「あなたのおかげですよ」
「え?」
真剣な眼差しに、メイはドキッとした。
「フフッ。冗談です」
アレムは照れたように笑った。
ドーン!
突然、激しい爆発音がして、建物が大きく揺れた。
「キャア!」
メイはシロをかばい、アレムは2人をかばうようにして、その場に屈んだ。
石でできた天井や壁から、パラパラと欠けた小石が落ちてくる。
「何が起きた?」
「爆発……みたいだったよね……?」
3人は廊下へ出て、辺りを見回した。室内と同じように、欠けた小石が落ちるだけで変化は無い。
「ユラは大丈夫かな?」
メイの言葉に、3人は目を合わせて駆け出した。
次回から治安が悪くなります。




