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【7】

「欲情すると、大人に」


「そう」


 ヴァルシュの言葉を繰り返す私が真剣ならば、答える彼も真剣そのもの。

 もし今この部屋に誰かが入ってきたら、魔王様がこの国の行く末を案じているのかと勘違いするだろう。



「身体は大人、心は子供……?」


「言っとくけど僕、120歳だから」



 ………………うん、まぁ見た目がいきなり急成長することに比べたら実年齢が120歳とかフツーだよね、フツー。

 しかも急成長する理由が『欲情』だし。


「えーと、ヴァルシュが私より実はすごい年上だったのはわかったんだけど、君は今、欲情……興奮してるの?」


「人を発情期の犬みたいな言い方しないでくれる?」


 あ、この絶対零度の瞳懐かしい。凍える。


「……まあ今さら取り繕っても仕方ないか。そうだよ、僕は今、欲情してる……と言うか一度姿が変わってしまうと、それが解消されない限り普段の姿に戻れないんだ」


「えーと、つまり……?」



「精を放たないと戻れない」



 …………。

 ……………………。

 ……………………………………。



「ファーーーーーーーッ?!?!?!」


 精を放つ。

 その具体的なヴァルシュの姿を想像してしまい、それをかき消すように慌てて叫ぶ。処女には刺激的過ぎる!!


「そして厄介なことに、僕はリノのことを見ると姿が変わるようになってしまったんだ」


「ファーーーーーーーッ?!?!?!」


 え、なに。告白? これって告白? 私を見ると姿が変わる――欲情するってつまりそういうこと?!

 熱い! 顔が熱い! 私、今絶対に顔が真っ赤になってるっ!


「……ごめんね。恋人でもない男にこんなこと言われて気持ち悪いよね。本当は君にはこのことはずっと隠しておくつもりだったんだ。ただ、こんなにも頻繁に、しかも自分でコントロールできずに姿が変わってしまうのが長く生きてきた中で初めてで。どうしたら良いかわからずに君を避けて傷つけた」


 申し訳ない。そう頭を下げるヴァルシュの銀の髪がサラサラと揺れる。

 その髪が綺麗だと、私のせいで謝らないで欲しいと、強く思う。


 だって、私だってヴァルシュの手に触れたいと、彼が迎えに来た時に願ったのだから。


「あのね、ヴァルシュ。私、嫌じゃないよ」

「……え?」

「私、ヴァルシュにそういう目で見られることより、ヴァルシュと話せない方が辛いよ」

「それって……」

「好きだよ。ヴァルシュのことが好き。私だって、ヴァルシュに触れたい」



「だから、ヴァルシュがいつもの姿に戻るお手伝いをさせて?」



 瞬間。無言で立ち上がったヴァルシュが私を横抱きにする。

 大人の姿の彼は私よりもずいぶん背が高いから、軽々と持ち上げられてしまった。


 そのままドカドカと彼らしからぬ荒々しさで移動して、続きの間のドアを蹴り開けた。


 白と金の同じ色調でまとめられたそこには、広々とした天蓋付のベッドが置いてある。

 きっとヴァルシュの寝室なんだろう。



「――処女のくせに僕を煽った責任、とって貰うからね」



 私を青いシーツにおろした美貌の魔王は、そう言って壮絶に色っぽい表情で唇を舐めた。




*




「――うん、だいぶ僕を受け入れる準備が出来てきたみたいだね」


 そう言いながらヴァルシュの紅い唇と紅い舌がお腹に近づく。


「子宮はこの辺。不思議だよね、魔族も人間も身体の構造は同じだなんて。あぁでも、精気が主食の種族もいるから理にかなってるのかな。――ほら、ちゃんと見なよ。君の初めてを、僕が貰う瞬間を。……怖い?」


 青と碧。その不思議な色の瞳が私を映す。


「こわ、くない。ヴァルシュと、一つになりたい」


「よく言えました。今日は苦しいかもしれないけど……その感覚と共に、僕を覚えてね」



 痛みも苦しみも快楽も。全て僕が教えてあげる。



「力、抜いて。リノ……好きだよ」


「ヴァルシュ……っ」


 刻んで。貴方を私に刻みつけて。

 知りたいの。貴方のことも、この先のことも。


 初めて他者を受け入れた身体が、変わっていく。


「大丈夫、大丈夫だから。全部、僕に任せて」


 ヴァルシュを信じて、私の全てを彼に預けた。





*





 私が魔王城に来て1ヶ月。

 今日も相変わらずこの国は平和だ。

 暖かい陽射しの中、人々は笑顔で日常を営んでいる。


 ただ。

 一月前とは変わったこともある。


 聖女から魔王専属メイドに転職した私。

 その私はもう、メイド服を着ていない。

 今の私が身につけるのは、青地に銀の刺繍が入ったドレスだ。

 誰かを連想する色彩は少しだけ気恥ずかしいけれど、この色を着ると彼が喜ぶのだから仕方がない。


 そして私の服装以外にももう一つ。

 魔王城で変わったもの。

 それは――――



「ヴァルシュ、お茶を飲む時に私を膝に乗せる必要ってないと思うの」


「別に良いじゃない。細かいこと気にしないで」


「細かくないっ、細かくないよっ? あと、最近ずっと君の姿が大人のままな気がするのだけどっ?!」


「奥さんが可愛すぎるのが悪いんだから仕方ないね。……でもリノ、僕がこの姿になったら、君が手伝ってくれるんでしょう?」


 そう言って、こめかみにキスをされた。


 一時は彼の冷たい態度に、嫌われてしまったのだと本気で落ち込んでいたことなんて嘘みたいに。

 どうやら本来の魔王様は、とんでもなく情熱的だったらしい。


 こうして、マスカラ片手に異世界召還された婚カツ聖女は、幸せな新婚生活を送っているのでした。





おしまい。


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