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Axia Nexus― アクシャ・ネクサス ―  作者: muo


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第14話 History



目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。


薄暗い室内には、必要最低限の家具しか置かれていない。

窓はなく、壁に埋め込まれた照明が、部屋全体をぼんやりと照らしていた。


身体を起こすと、少し離れた場所に後藤が座っていた。


「起きたか」


「……ここは?」


「俺たちの拠点のひとつだ。ひとまず安心していい」


遥は周囲を見回した。自分がどうやってここまで運ばれたのか、はっきりとは思い出せない。


「ゼロイムは?」


「海だ。お前を運んだあと、また自分から海へ入っていったよ」


「そうですか……」


あの黒い機体の姿が脳裏に浮かぶ。

傷だらけだった外装は、以前よりも修復が進んでいるように見えた。

あれほどの損傷を受けていたはずなのに、どうやって元に戻ったのか。考えても答えは出なかった。


それよりも、遥の頭から離れないものがあった。


「ネクサスは……」


口にした途端、胸の奥が重くなった。


「カラスのことか」


後藤は静かに頷いた。


「お前にとって、大切な存在だったんだな」


「友達というか……家族みたいなものでした」


それ以上、言葉は続かなかった。


後藤も、それ以上は尋ねなかった。


しばらくして、簡単な食事が運ばれてきた。

食べ終えると、後藤は壁面の端末を操作し、いくつかの映像を呼び出した。


「少し話をしておきたい」


画面には、地球の全体像が映し出されていた。


「地球は、もう限界に近い」


「限界って……環境のことですか?」


「それもある。人類の数、資源や気候、地殻の活動。いろいろな問題が積み重なっている」


「でも、授業では、技術で地震を抑えたり、地球の活動をある程度制御したりできるようになったと習いました」


「この大地そのものを、人間ごときが制御できると思うか?」


後藤は画面を見つめたまま言った。


「地震を抑え込む技術があったとしても、地球そのものを制御できるわけじゃない。人間ができることには限界がある」


遥は画面に目を戻した。


「それに、俺たちが知っている海の姿が、本来のものとは違う可能性もある」


「どういうことですか?」


「詳しいことは分からん。ただ、ある筋から聞いた話じゃ、海があんな色をしていること自体、本来はあり得ないらしい」


遥は、あの日に見た赤い海を思い出した。


あれが当たり前ではない。


そう言われても、すぐには実感が湧かなかった。

生まれたときから見てきた世界が、最初から本来の姿ではなかったのだとしたら、自分たちが知っている歴史や常識も、どこまで信じていいのだろう。


「人類統合機構は、何をしようとしているんですか?」


後藤は別の映像を表示した。


今度は、月面の映像だった。


荒涼とした地表に、巨大な施設がいくつも並んでいる。

周囲には建設途中と思われる構造物も見えた。

続いて、地球から宇宙へ向かう複数の輸送船の映像が表示される。


「月では、かなり前から大規模な施設の建設が進められている。火星にも同じような計画があるらしい」


「月や火星に、ですか?」


「ああ。表向きは研究施設や資源開発のためということになっている。だが、俺たちが掴んだ情報は、それだけじゃない」


後藤が映像を切り替えると、月面施設の内部と思われる映像が映し出された。

人が生活するための設備なのか、研究用の区画なのか、画質が粗く判別は難しい。


「人を移住させる計画がある」


「人を……?」


「月や火星に住める環境を整え、地球から人間を移す。そういう計画が進んでいるらしい」


「でも、そんな話は聞いたことがありません」


「当然だ。公にはされていない」


遥は映像を見つめた。


「それって、地球に住めなくなるからですか?」


「そう考えるのが自然だろうな」


後藤は少し間を置いた。


「ただし、全人類を移住させる計画ではない」


「どういうことですか?」


「選ばれた人間だけが移る。少なくとも、俺たちが掴んだ情報ではな」


「誰が選ぶんですか?」


「自分たちだよ。人類統合機構の上層部や、それに近い人間たちだ」


後藤は画面を消した。


「地球に残される人間がどうなるのか、そこまでは分からない。だが、あいつらは自分たちだけが生き延びる道を用意している。俺たちはそう見ている」


「そんなことが……」


「信じられないか?」


遥は答えなかった。


人類統合機構は、すべての人間に平等な生活を保障している。

少なくとも、遥はそう教えられてきた。

誰もが必要なものを与えられ、争いのない社会で暮らしている。それが当たり前だと思っていた。


だが、その裏側で、一部の人間だけが別の未来を用意しているのだとしたら。


「月では、すでに戦闘も起きている」


後藤の言葉に、遥は顔を上げた。


「戦闘?」


「人類統合機構の部隊と、別の勢力が衝突している。地球にいる人間には知らされていないがな」


「あの無人機も……?」


「ああ。あれも、その一環だろう」


戦争がなくなった今の社会に、あれほどの戦闘機が必要だとは思えなかった。

治安維持用の小型機なら知識として知っていたが、あのような本格的な戦闘用の機体が存在するとは、数日前まで想像もしていなかった。


後藤は画面に、月面施設の映像を再び表示した。


「俺たちは、月で見つかったある機体を運び出した。ゼロイムだ」


遥は黙って画面を見つめた。


「記録には、人間とAIが戦争をしていた時代に、人間側について戦ったと残されている。だが、誰が作ったのか、何のために作られたのかは分からない」


「人間側に……?」


「そうだ」


「それを、どうして月から地球へ?」


「詳しい理由までは分からない。だが、人類統合機構はあの機体を必要としていた。俺たちが運び出したあと、あれだけの戦力とリスクをとって、取り戻そうとしたんだ」



「それほど重要なものなんですか?」


「少なくとも、今の技術では説明できない何かがある。だからこそ、調べる価値がある」


後藤は遥を見た。


「俺たちには、あの機体が必要なんだ」


「それで、今の社会を変えるんですか?」


「社会を変えること自体が目的じゃない。地球に残される人間が、この先も生きていけるようにする。そのために、俺たちはゼロイムのことを知らなければならない」


「でも、僕には何も分かりません。どうしてあの機体が動いたのかも、どうして僕が乗れたのかも」


「それは俺たちも同じだ」


後藤は少しだけ苦笑した。


「ただ、お前がゼロイムを動かした。それだけは間違いない」


遥は自分の手を見た。


あのとき、機体に触れた感触がよみがえる。

指先から腕へ、身体の奥へと何かが流れ込んでくるような感覚。

あれが何だったのか、今でも分からない。


「お前は、何か見たのか?」


「何か……?」


「ゼロイムの中でだ。機体が動き出す前後に、何かを感じたり、見たりしなかったか?」


遥は少し考えた。


「よく覚えていません。ただ……普通じゃないものを見た気がします」


「そうか」


後藤はそれ以上、追及しなかった。


「いずれにしても、これから先、連中は必ずお前を追ってくる。ゼロイムを動かせるお前を、放っておくはずがない」


その言葉に、遥の背筋に冷たいものが走った。


自分だけが、突然、世界から切り離されてしまったような感覚があった。


これまで当たり前だと思っていた生活も、学校で学んできた歴史も、すべてが違う意味を持ち始めている。自分の知らないところで何かが進み、自分はその一端に触れてしまった。


もう、何も知らなかった頃には戻れない。


「これから、お前はどうする?」


後藤に問われても、遥はすぐに答えられなかった。


どうするも何も、まだ何も分かっていない。何を信じればいいのかも、何を選べばいいのかも。


ただひとつ、はっきりしていることがあった。


誰かが決めた道を、何も知らないまま歩き続けることは、もうできない。


遥は自分の手を見つめたまま、黙っていた。

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