第49話 同じ形でも、同じ物じゃない
七日目の朝、大通り本店の作業台には、黒革の袋が百個並んでいた。
十七軒の下町工房から集められた真鍮の金具。
輜重補給長のガレウス卿と、二人の騎士団査察官が険しい表情で見つめる中、リョウは革袋の口を解き、中身を作業台へ一気にぶちまけた。
からからと金属の重い音が響き、真鍮のボルト五十本とナット五十個が転がり出る。
金具の頭には、小さな歯車マークと、各工房の頭文字を刻んだ小さな印が打たれていた。
「……始めてくれ」
ガレウスが短く告げた。
査察官が革手袋の手を伸ばし、山の中から無作為にボルトを一本、ナットを一個拾い上げた。
東通りの老親方が打ったボルトと、南通りの若い職人が打ったナット。
ねじ込む。
引っかかりもなく滑らかに入り、カチリと隙間なく底打ちして止まった。
「次だ」
査察官が別の組み合わせを手に取る。入る。
次も、その次も。十組、二十組、五十組。
誰がどの炉で叩いたかも分からない部品同士が、一度の軋みもなく吸い付くように噛み合っていった。
すべてを確かめ終えた査察官が、息を呑んでガレウスを振り返った。
ガレウスは太い腕を組み、静かに頷いた。
「……腕を揃えたのではないな。型を揃えたのか」
「ええ。どの工房の金具でも、現場でそのまま差し替えられます」
「見事だ。……先行十台、正式契約へ切り替える。納期通りに納めろ」
ガレウスは懐から羊皮紙を取り出し、正式な受託書へサインを走らせた。
だが、安堵の息を吐く時間は長くなかった。
三日後、ゴードン商会が王都中の金物市場へ、大量の真鍮ボルトを流し始めた。
カーナが配った基準型と同じ寸法で作られた金具。大資本の設備と人手を総動員して量産されたそれは、加盟工房がつける卸値の七割という破格の安値だった。
「無料で型を配ったから、ゴードン商会に真似されたんだ!」
「これじゃあ、うちの金具が売れ残っちまう!」
下町の親方たちが、大通り本店へ詰め寄ってきた。市場に安物が溢れれば、零細工房の仕事は干上がる。
その日の夕方、下町の若い鍛冶屋が、折れ曲がった一本のボルトを握りしめて駆け込んできた。
「カーナ親方、これを見てくれ! ゴードン商会の安いボルトを買って試したんだが、締め込んだら妙に伸びて、頭がねじ切れた! 寸法は型通りだったんだが……」
カーナがそのボルトを受け取り、金床の上に置いた。
手元の小さな金槌を取り、コン、と軽く叩く。
澄んだ高い金属音ではなく、鈍く濁った音が響いた。
「……こいつ、音が腐ってやがる」
カーナが鏨をあてて力任せに叩き割ると、断面からボロボロと黒い粒がこぼれ落ちた。内部には無数の細かな鬆が走り、地金の質も鋳込みも粗悪な再生真鍮だった。
「寸法は合ってる。だが、中身が真鍮の形をした泥だ。こんなもんコンテナに使ったら、悪路の振動一発で吹き飛ぶぞ」
作業台を囲む親方たちから、ざわめきが上がった。
「寸法だけじゃ足りないな」
リョウの呟きに、カーナが苦々しく腕を組んだ。
「あたしが見りゃ音で分かるが、街中の金具をあたしが全部叩いて確かめるわけにもいかねえぞ」
「だから、検査のやり方を揃える」
「検査?」
「誰でも確かめられる試験だ。何キロの重さに耐えれば合格にする?」
「知らねえよ。実物壊して決めるぞ」
カーナは作業台にボルトを固定し、端に重りをぶら下げて荷重をかけ始めた。
一本、二本と締め上げ、壊していく。
折れる限界を見極め、カーナが油のついた手を前掛けで拭った。
「まず重りを吊るす。次に塩水だ。最後に何十回か締め直す。それでも使えりゃ合格でいいだろ」
「決まりだな。今日から、歯車マークの意味を変える」
リョウは集まった親方たちを見据えて言った。
「寸法が合っているだけじゃ打たせない。この三つの試験を通った金具にだけ、歯車マークを打つ。それと、工房ごとの個別刻印を必ず入れること。不良品が出れば誰が作ったか追えるようにする」
「……そんな手間をかけて、客が買ってくれるのかよ」
「騎士団が買うのは、安い金具じゃない。『折れない証明』がある金具だ。向こうが同じ印を欲しければ、同じ試験を通せばいい」
老親方が作業台の刻印鏨を拾い上げ、顎髭をしごいた。
「……で、重りは何斤吊るせばいいんだ」
「うちにも試験用の治具を一つ寄越せ」
別の親方も作業台へ身を乗り出した。
親方たちがそれぞれの工房へ引き揚げていった後。
散らかった事務所の片隅で、だぼだぼのローブを着たセリアが、床の板張りを指差してぼそりと呟いた。
「……リョウ、地下から、変なゲル出てた」
湯呑みを洗っていたフェルの手が止まった。
図面を片付けていたカーナが鋭い視線を向け、巡回から戻ってきたばかりのルイーナが、扉口で革の手甲を外しながら足を止めた。
兜を脱いだばかりの金髪が汗で首筋に張り付き、胸当てを外した薄いシャツが、夜風にさらされて胸元を波打たせている。長い指先で汗ばんだうなじを拭いながら、青い瞳をすっと細めた。
「何だ、リョウ。地下で何か隠しているのか?」
「いえ……何でもありません」
「……怪しいな」
ルイーナが長い脚で音もなく詰め寄ってくる。武装を解いたばかりの身体から、心地よい汗と鍛えられた肌の熱気が漂っていた。
リョウは視線を逸らし、新しい検査台帳を棚の奥へと押し込んだ。




