星の魔女 5
エミの目の前に広がるのは小さな星空。
この抱えることのできる大きさに、あの宙高く煌めく星が凝縮されている。
この誰にも邪魔をされない、自分だけの時間、エミは夢中になって図鑑を眺めていた。
ただ、そんな時間も気が付けば終わりを迎えてしまう。
「よし、続きだ」
「あー‼」
ひょいっと図鑑を取り上げたのは、倉庫に戻ってきたルーナ。
背の高いルーナが図鑑を掲げると、エミでは飛び跳ねても取り戻すことができない。
「なんですか拗ねて出て行ったくせに!」
「拗ねてない」
「いいから返してくださいよ」
「断る」
「今度はわたしが拗ねますよ。出て行ってしまいますよ。一人にしていいんですか!」
「お前、面倒くさいやつだな」
「はーいはい、お互い様お互い様」
言い合いをする二人の間に入ったのは、ようやく戻ってきたヒマワリ。
「ルーナも意地悪しない。エミちゃんも、やること終わったらその図鑑あげるから」
「意地悪はしていない」「いいんですか⁉」
そっぽを向くルーナに対して、エミは目を輝かせてヒマワリを向く。
「もちろん。だから、今はするべきことをしよう」
「はーい!」
ということで、模様替えの続きだ。
一度中断したことで、再び三人はそれぞれ気になる物を探す。
ルーナは様子を見て適当な物を選ぶつもりで、エミがやらかさないように監視をする。
何事も無かったかのように再開しているが、十中八九終わった後にヒマワリから先程の話をされるだろう。非力なエミの代わりに展示品を取ってあげながらルーナは考える。
先程の日記を書いたと思われる魔女。その魔女の写真が、あの日記に挟まっていた。ただ、その姿というか、主に服装が最初ヒマワリに見せてもらったものと違っていたのだ。
最初の魔女は端的に言うとお姫様のような装い。魔女と言われても少し戸惑ってしまうような服を着ていた。それに対して、日記に挟まっていた写真は、長いスカートにシャツという、お姫様とは言えない装いをしていた。
そのおかげで本当に魔女なんだなと納得できるのだが、どうも違和感が残る。
それはヒマワリがあの日記に目をとした時の反応のせいもあるかもしれない。
「……どうでもいいんだがな」
誰にも聞こえない声で零した言葉は少しの間だけ、ルーナの心にわだかまるのだった。
◎
「館長館長、なんか面白い話してくださいよ」
「私が人に話せるような面白い話を持っていると思うか?」
「面白いこと言いますいません」
ルーナに頭を鷲掴みにされたエミが両腕をパタパタさせる。
「それでお前はなにを見つけたんだ?」
エミの手に持った小さな箱を見たルーナ。それがなんなのか、エミに知ることはできない。それはエミに自身も分かっているため、大人しくルーナに手渡した。
立方体の、片手で収まる大きさの箱。白い箱には、赤いリボンが結ばれている。
それを受け取ったルーナは箱に付いているタグを確認した。さっきの日記のように、物が多すぎてヒマワリですら確認できていない物もあるのだが、基本的にはタグ付けされている。
タグに書かれている文字を読んだルーナは、とりあえずその物がなんなのかを答える。
「これは……ビックリ箱だな」
「ビックリ箱?」
「開けてみろ」
箱を返されたエミは嫌な予感を感じながら、一思いにリボンを解いた。
その嫌な予感は的中。箱の天面が真ん中で割れて扉の様に開いた。その開いた中から、バネ仕掛けの見るも不快な黒い虫が飛び出したのだ。
「うぎゃっ」
腰を抜かし、箱を高く放り投げてしまった。真上に投げたせいで、その箱が落ちてくるのはルーナと腰を抜かしたエミの位置。杖を取り出したルーナは、先程と同じように杖を振り、宙を舞う箱を吹き飛ばした。
——ヒマワリのいるであろう場所に。
「うひゃぁぁ⁉」
物が雪崩を起こす音がした後——涙目になりながら地面を這うヒマワリが現れた。
「どうした」
「ねえ無理なんだけど⁉ ルーナ! それは本当にダメだって‼」
「すまないことをしたな。まさか二人仲良く腰を抜かすとは……」
一応申し訳ないという気持ちはあるみたいで、強く言うに言えないヒマワリである。
「いたた……、なんですかあれ……」
立ち上がるのを諦めらめたエミの質問にルーナが答える。
「書いていたことをそのまま言うとだな。大統領へのプレゼントされたビックリ箱、テレビで生中継されており、全世界に腰を抜かした様子が放送された。だ」
「またよく分からない物ですね……」
大統領、テレビ、生中継、放送。それらの言葉をエミは聞いたことが無い。
「まあ……エミちゃんが普通に生きていたら聞くことは無い言葉だからね。大統領はどうか分からないけど」
先に立ち上がったヒマワリが手を伸ばしてエミを立ち上がらせる。
「私は知っているが、これはそれ以前の世界の物か?」
「そうそう、ルーナの一個前の世界かな」
「全く分かりません。ヒマワリさんはなにか選んだんですか?」
多分説明されても分からない。それだけは解っているエミは、ヒマワリはなにを選んだのかという話題に変える。
別にこの話題は続けなくてもいいため、ヒマワリは躊躇うことなく答える。
「持って来るね」
そう言って、先程までいた場所へと戻り、目的の物を両手で抱えて戻って来た。
「なんだ、読書台か」
「そそっ。この読書台、普通の読書台じゃないんだよね」
普通ではないというが、何の変哲もない木製の読書台。強いて言うならとても古い物だというぐらいだ。
「それってなんですか?」
「これは読書台といってな。本を開いたまま固定できるものだ」
木製の板の下部が飛び出しており、そこに本を置くことができる。そして開いた本が閉じないよう、飛び出している部分は鈎状になっている。
「例えばそうだな~」
百聞は一見に如かず。ということで、ヒマワリは先程エミに貸した図鑑を持って来る。それを開いて読書台に置いた。
そもそも図鑑は重たいため開いてしまうと勝手にページが閉じることはないのだが、目の高さで固定できるという機能もあるため、それを兼ねて図鑑で試した。
「こんな感じ。これを机の上に置けば、読むときの姿勢が楽になるんだよ」
「おー。なるほどー」
「まあ、これだけの物だな。なにが普通じゃないんだ?」
ルーナは付いていたタグを読んだが、別にとりたてて話題に上げるものでもない、ただの読書台だ。
「ただいらないからって譲られただけだしね。ぶっちゃけ展示する程の物じゃないよ。僕たちが使う用って感じ」
「えっ、展示しないんですか?」
「エミちゃんにあげようかと思ってね。ルーナの部屋、エミちゃんの物にしていいよ」
「おい勝手に人の部屋をやるな」
「星見えます?」
「見える訳無いだろ」
「じゃあいらないです」
「だってさ」
「おい」
勝手に部屋をあげると言われた挙句なぜか断られるルーナ。
無言でヒマワリを睨みつけるが、ヒマワリは悪びれる様子も無く口を開いた。
「だって使ってないでしょ? 八十三年以上」
「だからって私に断りも無くやろうとするな」
「だってエミちゃんの部屋、あった方が良いじゃん」
「でもわたし、あの場所で十分ですよ? 布団もあるし星見えますし」
エミ自身がいらないと言うのなら、無理に勧めるのはどうかと思うのだが、やはり部屋はあった方がいい。
問題はどうすればエミが部屋の必要性を感じてくれるかだが、それを考えるのは模様替えを終えてからにしよう。
「まっ、それは後で考えよう。それでね、この読書台の普通じゃないっていうのは、飛び出している鈎状の部分があるでしょ?」
そう言って、ヒマワリは読書台から飛び出している部分を指で触る。本が勝手に閉じないようにするための部分だ、当然硬さはある。ただ、この部分が普通とは違うのだ。
「ここが特殊な加工がされていて、本が傷つきにくいんだ」
「へー。なんかなめらかですね」
試しに指で触ってみたエミの感想だが、特に感動も無さそうだった。
「まあこの当時かなり普及した物だからね」
「つまり普通の読書台ということだな」
「よく分かりませんけど、結局なんなんですか? これ」
「「ただの読書台」」




