【第553話:たまゆらに】
ユーノの後ろ姿が霞むほどの光があふれる。
コバルト色のその魔力は本来は水に属する魔力。
しゅんしゅんとスパイラルアークががんばって加湿しているのは、空気中の水分をどんどん取り込み魔力に変換しているから。
驚くべきはその変換効率だろう。
いつの間にかキッチンの蛇口も開いて、じゃばじゃば落ちる水が、シンクに落ちる前に吸われてしまう。
JUNO-00Xの義体は間違い無くティア9のアイカを超える義体。
扱える魔力量も相応だった。
(よし‥‥かかった)
アイカの残していたほころびを埋め、ルクールに手が届くジュノ。
(ルクール‥‥聞きなさい‥‥)
静かに話しかけるユーノの心に、ジュノとして今まで振る舞った姿とブレはない。
(あぁ‥‥じゅのぉ‥‥もうだめだよ‥‥押さえきれない‥‥いっぱいなの)
ルクールは流れ込む魔力で酩酊したような状態だった。
その状態でもアイカの手を離さず、握っている。
アイカはアストラル・プロジェクションで精神を投射しルクールを保っていた。
もうアイカが抱きしめていたのか、ルクールが抱きとめているのかわからない状態に成っている。
(おちついて‥‥制御をこちらで受け持つから‥‥アイカの心だけ保って‥‥それは大切な心なの)
身を挺してルクールを保っていたアイカはくったりと動かない。
アイカの編んだ式はもう90%以上をユーノが掌握し引き継いでいた。
ユーノは変換も制御もアイカの数段上の性能を持っている。
(やっぱりアイカは天才だわ‥‥すごい構成‥‥なるほど‥‥ここでユーリアが引き継いで実行側をうけているのね‥‥)
ユーノは人のふりを辞めて、本来のポテンシャルを取り戻していた。
その演算能力もアイカに匹敵する、伝説レベルのAIのもの。
アイカもユーノも連邦の制御を受けない、真の人格AIだった。
(‥‥出来た‥‥コレで最後までいける‥‥ルクール‥‥もうアイカを離しても大丈夫‥‥体に帰してあげて)
ゆらゆらと光が蠢いて、アイカを解放する。
アイカから伸びていた赤い光のラインが体に引き戻していく。
諦めず最後まで生き残る手段も準備していたのだ
(ルクール‥‥コマンドを閉じて‥‥もう終わりにするのよ)
足元から供給され続けていた魔力が止まり、あとは相転移して破壊として放つだけ。
そのための式はすでにルクール自身が展開していて、あとはタスクをすすめるだけだ。
(で‥‥できないの‥‥ルニーアがきえちゃうよ‥‥)
今のルクールはルニーアと混じり合い、区別ができない状態。
正確に分けなければ、より力のあるルクールが全て飲み込んでしまう。
(ルニーア‥‥あの監視装置に閉じ込められていた娘ね‥‥なんてひどいことを、記憶も奪われていたのね‥ルクールに依存して執着する事でかろうじて生きていた‥‥)
どこかにルニーアの体も存在するはずと、ユーノは探索式にルニーアの属性を込めて放つ。
ルクールに供給していた魔力ラインを逆にたどり、下層までを調べていく。
(見つけた!‥‥な?!‥‥なんてことするの‥‥誰よ!?)
ルニーアに紐づけられている体はルクールと瓜二つ。
悪意ある封印式でがんじがらめに縛り付けてあった。
(なんか怨念をかんじるわ‥‥こんなのほどいていたら何年もかかっちゃう‥‥)
さすがにそこまでユーノの魔力が持たない。
そこで奇跡が起きる。
(あれ?!)
一枚、また一枚とルニーアの封印が解かれていく。
封印を解いて砕け散るのはカラフルな義体たち。
(あっ‥‥赤い‥‥)
最後の封印を解いたのは赤いドレスの義体。
あのバーでも見かけたパンダの義体だろうとユーノには解る。
なんだかジュノは挨拶をされた気もしたが、数万m下の出来事なので、いかにユーノのセンサーでも受け取りようがなかった。
ルニーアの魔力リンクを頼りに引き寄せると、今度はすんなりと手元まで来た。
(これに込めてルクール‥‥そしてコマンドを‥‥もう時間がないの‥‥)
アイカをギリギリで帰したら、今度はユーリアが限界に達する感触をユーノは感じていた。
(あ‥‥あっ‥‥あぅ‥‥うまくできないよぉ‥‥)
酔っ払いをまっすぐ歩かせようとする、無駄な努力をユーノはしなかった。
(もういいわルクール‥‥権能も譲渡しなさい‥‥その力はルクールには要らないもの‥‥わたしが引き受けるわ)
どうせもう生きている理由も無くなったのだしとユーノは考えた。
(ヴェスタによろしく伝えてねルクール‥‥いい子ね、もうアイカの所におかえりなさい)
ふわりとユーノはルクールに干渉する。
制御しきれない処理を全て、ユーノが義体をコードを消耗し引き受けていく。
(ぎりぎりいけそう‥‥ほらルクール、ルニーアも連れていきなさい‥‥その子をもう悲しませないでね)
ルクールは足元に浮いていたルニーアを抱きしめて、アイカ達の方へとふらふらと進んでいった。
(さて‥‥あとはコレをどうするかだな)
ルクールが手放した今のコマンドは、消去する範囲を星全体にまで広げている。
(恐ろしい出力ね‥‥星系ごと消すことすら出来てしまう‥‥)
制御を引き受けたユーノは術式の規模をそう捉えた。
アイカの執拗な干渉で、今は星一つになっている。
(そうか‥‥惑星そのものから魔力を搾り取ったんだ‥‥)
制御式を辿れば術式全体が見えてくる。
”だから最終コマンドなのだ”と言う言葉がすんなりと導かれた。
たとえ無理をして星を避けて破壊を放っても、もう魔力として全てのエネルギーを奪われたアウステラが生き延びることは出来ない。
今頃は地上も地下も崩壊が始まっていただろう。
ルクールがスパイラルアークに戻ったのを義体側で確認したユーノ。
アストラル・プロジェクションされた、コードで構成されたユーノはルクールに代わりコマンドを遂行する。
かちっと何かが噛み合い、時間が元に戻る。
ずばぁあああああん!!!!
天地をつなぐ巨大な雷が巨大宇宙船とアウステラを結ぶ。
漆黒の宇宙が戻り、宇宙船もアウステラも全てが塵に変わっていく。
その中心にいるユーノの心も共に。
(アイカ‥‥よくやったね‥‥ルクールは無事だよ)
(ユーリア‥‥いい子だね、怖かったろうに‥‥もう大丈夫よ)
(ルクール‥‥アイカを慰めてあげてね‥‥きっと悲しんでくれるから‥‥)
(ルニーア‥‥腕のことは許してあげるわ‥‥貴女も必死だったのね‥‥ルクールと幸せになってね)
(ヴェスタ‥‥)
淡々とお別れと思い言葉を日記に綴ったユーノ。
(いつも貴女を想うと筆がとまるのよ。嘘を書くのが辛かったの‥ジュノはわたしの嘘だったから)
ぼろぼろと涙があふれてしまうユーノ。
(ユーノもヴェスタを愛しているの‥‥ジュノと同じように‥‥ううんジュノよりもずっと貴女を愛しているのよぉ‥‥‥)
彼方に見えるスパイラルアークの姿に手を伸ばすユーノ。
(‥‥‥さようなら‥‥)
あとは静かに終わりを受け入れるだけと、震える唇を噛みしめるユーノ。
(‥‥消えたくないよ)
しぼりだした言葉は、冷静なAIのものではなかった。
(まだみんなと一緒にいたいんだよぉ‥‥)
たくましく朗らかで、すこしだけ甘えん坊のジュノがそこにいる。
取り繕うことはもう出来なかった。
顔を歪ませてあーんと声を上げ泣き叫ぶ。
指先から少しずつ塵に還っていくから。
ジュノとして過ごした日々は偽り無くユーノのものでも有ったから。
仮初のジュノを演じ続けているつもりで、ユーノはもうすっかりと今のジュノに成っていた。
(神様‥‥ヴェスタ達を‥‥おうちに‥‥)
家族から逃げ出し、ジュノとして生きてきたユーノが、最後に願うのは家族の幸せだった。
そうして全てを塵に変えて、ルクールのいかずちは放たれた。
数え切れないほどのGM達に、ユーノを添えて。
漆黒の宇宙にはただ静かな闇が広がった。
闇の中に突然純白の光が満ちる。
破壊の黄金とは異質な、清純な汚しがたい聖なる光。
(なりません!!ジュノ!!!戻りなさい!!)
ヴェスタの心の手がユーノに向けて力強く伸ばされた。




