爆発・中
「前回会った時、『アナグラム』メッセージに付いていろは歌と『パングラム』について話していたわ。けど、今回は違う……」
戻って来た篠原は、監視カメラに映る桐生の姿と今回のメッセージに気が付くと驚いた顔になったが、櫻子と笹部の言葉を大人しく聞いていた。自分の机に戻ると、メモ帳を取り出して何かを書き始めた。
「笹部君、『かっちゃん』の素性は?」
「はい、調べました。掛川克己、池波と同じ二十一歳、同級生で共に高校を中退になっています。彼は高校中退後、池波と一緒に万引きや恐喝を行っていましたが、早々に桜海會の傘下の金剛組に拾われて構成員の一員となっています。若衆と呼ばれる、末端です。池波が鑑別所を出てきて一年くらいしてから、再び遊び仲間になったみたいですね」
桐生の画面が消えると、何処か篠原がほっとした表情になる。彼にとって桐生は、『恐ろしい』存在なのだろう。画面には、掛川の運転免許証画像と、金剛組組長伊藤将が映っていた。
「先に、掛川に会いに行きましょう。篠原君、行くわよ」
「……あの」
櫻子がカバンを取ろうと手を伸ばした時、篠原がメモ帳から顔を上げた。
「これ、先の文章を入れ替えると――かいどうはまちがえた、あわれ……『海藤は間違えた、憐れ。』になりませんか?」
笹部が、いろは歌が書かれた紙を手にする。
『以下、我また会うは違えど。』
『海藤は間違えた、憐れ。』
「『ひらがな』を組み直して新しい言葉を、意味のある限定の言葉として作るのは、かなり無理がある」と、以前会った時桐生は口にしていた。彼らしからぬ、文章の構成の意味が分かった。海藤を神崎と呼ぶようになってから、海藤の文字がピンとこなかった。
「間違えたのは――これね、いろは歌よ」
「どういうことですか?」
メモ帳を直しながら、篠原が尋ねる。櫻子は桐生の手紙を逆さまにすると、デスクにあったペンをとりある文字を丸で囲う。
「いろは歌には、色んな説があるの。涅槃経と言うさとりの歌もその代表よ。けれど、今回のアナグラムの意味はとても簡単だったわ――『諸行は無常なり、是れ生滅の法なり、生滅滅しおわりぬ、寂滅をもって楽と為す』なんて哲学的な意味じゃない。そうなると、神崎――海藤の間違いの意味は七文字で切った文字の最期の言葉『咎無くて死す』なのよ」
櫻子が丸をした文字は、『と、か、な、く、て、し、す』だ。
「江戸時代にはこの説が有名だったそうよ。作者が分からないから、この文字が出来上がった真意は分からない。言葉遊びだったのか、本当にその意味があったのか……でも、今はそんな考察が必要じゃないわ」
ペンを再び机の上に置くと、櫻子はカバンを手にした。
「変更よ、先に海藤さんに会いに行きましょう。彼が次に何かをする前に!」
「じゃあ、僕も行きます」
珍しく、笹部が椅子から立ち上がった。パソコンやディスプレイの電源も手早く切る。
「宮城課長はどうしましょう? 富田さんは、今出てるそうなんです」
「行くなら、連れて行くわ。嫌な予感がするのよ、急がないと」
珍しく、櫻子は焦ったような表情になっていた。笹部が総務課に車の申請の連絡をして、篠原は宮城を呼びに走った。
有為の奥山 今日超えて
「最後まで海藤さんに、慈悲はないの……?」
監視カメラに笑顔を見せた桐生。彼は、全てを理解しているのだ。海藤が、無駄な事をしてしまったことを。
櫻子は、ぎゅっと唇を噛んだ。




