告白・中
「嘘やろ、姉さん……あんなに璃子に慕われてたのに、どうして……」
「愛したって、どういうことやねん? 美晴と璃子さんは、女同士やろ? それに、璃子さんは祥平と結婚してるやないか!」
祥平と稔は、動揺してそれぞれ疑問を口にしていた。美晴は、どこか冷めたように彼らを見ていた。和葉は、美晴を抱き締めて嗚咽を漏らしている。
「執着の思ひをこめし千束の玉章にはかかるあやしきかたちをもあらはしぬべしと夢の中に思ひぬ――江戸時代の、妖怪を書いた浮世絵師の鳥山石燕の言葉よ。あの子からの手紙は全て燃やして、私は文車妖妃となったの」
「古い恋文や恋文につもった執念の化身……ですか」
美晴の言葉に、笹部はタブレットを操作して意味を調べた。美晴のレースの手袋の下の左手には、中指にあの指輪がつけられていた。フレームを金で装飾し、中央には青いが光により薄く、また白く見える石がはめ込まれている。あの監視カメラに映っていたものと同じだろう。
「それは……ポイズンリングね?」
「そうよ。このアイオライトの台座を開けば、この工場で使っているシアン化ナトリウムが出て来るわ。岡崎から聞いたあの男の好みの女を演じて、岡崎が紹介したサイトに登録して羽場からの連絡を待った……そうして、部屋に入ると靴で部屋の扉を少し開けたままにして、ロックを止めて私が部屋に居た時間を分からなくした」
それが、あのロック式ドアの不思議な誤差だ。確かにその時間差が謎でそちらに気を取られていたが、タネは簡単なものだった。
「あの子はね、私をずっと騙していた。私が教師を諦めたのは、教育実習中彼女と抱き合っていたのを他の教師に見られたから。離れても、手紙のやり取りをずっとしていたわ。祥平と結婚したのも、私の傍に居たいからだと――でも「話がある」と呼び出された席で、妊娠を発表したわよね?」
「――確かに、璃子に……昔姉さんが好きだったと聞かされた。でも、俺と知り合ってから、もう姉さんの事より俺を大切にしたいと言われた……璃子は、姉さんに何も言わなかったのか? 姉さんと、きちんと別れなかったのか?」
祥平が青い顔をして、姉を見つめた。美晴は、静かに弟を見ている。
「璃子が……姉さんや親にちゃんと発表したいから、あの日姉さんの好きな生春巻きや、俺の好きな空揚げ作って……食事中に妊娠三か月の発表したよな……ごめん、姉さん、俺全然知らなくて……辛い思いをさせてたなんて……」
「――祥平が謝る事じゃないわ。私もあんたも、あの子に騙されてたのよ」
祥平は、拳をぎゅっと握って唇を噛んだ。訳が分からないと辺りを見渡しているのは、稔だけだ。
「どないなってんねん。母さん、母さんは知ってたんか?」
「あのパーティーの後……璃子ちゃんが部屋の掃除してる時に、陽に焼けた古い手紙の束を見つけたんです……「手紙、捨てちゃうの? 大事なものじゃないの?」って聞いたら、あの子は笑って「もう必要ないから」って言ったんです。でも……その字が、美晴の文字だって分かったんです。美晴の文字は癖があって、「子」の漢字が繋がっているんです」
美晴を抱いたまま、和葉は小さく話し出した。
「こっそりその手紙を拾ってみて……美晴と璃子ちゃんの関係を知りました。それから美晴の事が心配になって、家まで様子を見に行くとこの子は何度も手を切ってたみたいで……精神状態もおかしかったんです。だから、お父さんと祥平には内緒で精神科にも連れて行きました。少し良くなったと思ったんですが……」
「娘がおかしくなってたって、なんで教えてくれへんかってん!」
「お父さんは昔から、美晴を可愛がっていなかったでしょう!」
和葉は泣くのを止めて、厳しい目で夫である稔を睨んだ。
「祥平ばかりを可愛がって、美晴がどんなに頑張っても褒めた事がないじゃないですか! そのせいで美晴は男性不信になって、結婚も出来なかった――そんな時に璃子ちゃんに恋をして……美晴は裏切られたのよ。それにあなたは、『祥平の嫁』の璃子ちゃんは可愛がった!」
「お、俺は、そんなつもりは……」
「美晴さんに頼まれたんですね? 堂島にあるホテルの、カメラが映らない場所はないか――貴女が、アルバイトの面接に行って死角があるホテルを探して、そして『パラディソス』を美晴さんに教えた」
櫻子が和葉に聞くと、彼女は頷いた。そうして、白髪が目立つ自分の髪を撫でた。
「もう白髪の多い歳です。髪を染める前に括らず解いて、口元を隠して何カ所か回りました。あのホテルは、従業員用のルートを通れば一切カメラに映る事なく建物から出られたんです。バレない様に、直ぐにいつもの様に髪は染め直しました」
「篠原君が送ってくれた履歴書の個人情報は、全て架空のものだったよ」
和葉の言葉を受けて、笹部が付け加えた。
「璃子は……姉ちゃんを好きだったはずだよ……子供の名前は、俺の「祥」と姉ちゃんの「美」を使って『よしみ』にしようって……俺が古臭くないかって聞いたら、大好きな二人の名前だからって……」
「だから、何なの? ただの自己満足よね? あの子は、あんたと生きていく。私を騙したままね。あんたと付き合った時に、それとも結婚した時に「私と別れる」と言ってくれれば、こんな事にはならなかった! 私を騙して、あんたや家族も騙して自分だけ幸せになろうとしたあの子を、どうしても許せなかったのよ!」
「それでも――璃子さんが汚されて、許せなくて岡崎を殺したんですね?」
確認するような櫻子の言葉に、美晴は和葉の腕を解くと近くにあったバケツを思いきり蹴飛ばした。それは甲高い音を立てて、工場を転がった。




