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アナグラム  作者: 七海美桜
文車妖妃(ふぐるまようひ)の涙

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告白・上

 次の朝。昨日の夜より幾分か顔色の良くなった篠原が淹れた珈琲を飲み干すと、櫻子は彼と笹部を連れて蛍池の吉川金属加工工場へ向かった。いつもの青味がかかった赤い口紅は、今日は少し薄く唇を彩っている。そして普段黒いスーツ姿の櫻子は、今日は珍しく濃い紺色のスーツだった。


 篠原が既に連絡をしていて、吉川家の人物は工場に来ている。シャッターを半分降ろした、静かな工場の中で櫻子達を待っていた。


「犯人が分かりました」


 頭を軽く下げた櫻子の最初の言葉に、稔と和葉と祥平は驚いたような表情を浮かべた。

「そんな簡単に分かるんですか……?」

 いつもの様に髪を一纏めに括っている和葉は、この事件のせいか白髪が目立っている。その彼女が、驚いたように櫻子の顔を見つめて首を傾げた。


「最後の確認をしてから、担当の刑事を呼びます。璃子さんを殺したのは、淀屋橋にある村岡証券の岡崎博之という男です」

「それ、前に()はった時に言うてた会社ですね? なんでうちの嫁が、関わりない証券会社の男に、……あんな殺され方されるんですか!?」

 笹部がタブレットを広げて岡崎の写真を見せた。それを見た稔は、怪訝そうに櫻子に尋ねた。人物が変わっただけで、株式会社とも年齢とも璃子には関わりがない筈だ。


「そうなんです。私も、璃子さんとこの岡崎という男の繋がりが分からなかったんです。岡崎は昨日殺されたので、彼の口から真実を聞く事は最後まで出来ませんでした」

「それやったら、その人が犯人と言う確証あるんですか? 死んでるから、犯人と決めつけたんですか? ちゃんと捜査してるんですか?」

 祥平は、どこか櫻子を信用していないという声音で、稔の質問に続けて櫻子に尋ねた。

「それが真実なのか、私はここに確認に来たんです。璃子さんと羽場さんを殺した犯人は別……そう、犯人は、『二人』いるんです。璃子さんを殺した犯人は岡崎です。そして、羽場さんを殺した犯人が、何故か岡崎を『殺さなければならなかった』んです」


「せやから、何でそんな証券会社の男と璃子が殺されたんですか? 犯人が二人いるって、どういう事なんですか? そういう事なら、璃子と証券会社の男は別の事件になるんじゃないんですか!? それなら、犯人が二人いてもおかしくないやん!」


「祥平、落ち着け」

 祥平は、今にも櫻子に掴みかかりそうだ。黙って話を聞いている稔は、隣の息子を止めた。篠原も、落ち着かせるように祥平に頷いてみせた。祥平は篠原の顔を見ると、大きく息を吐いて「すいません」と黙り込んだ。


「この事件は、容疑者にはアリバイがある。そして、一見関係ない人物が犯人に当てはまるんです――つまり、犯人たちは『交換殺人』を行ったんです」

「交換……? そんな……ドラマやないんですよ……?」

 稔は、唖然と櫻子を見つめた。そんな突拍子もない話で、納得できる訳がなかった。


「羽場を殺した人物は、下調べをして『架空の人物』まで作り、念密に犯行を行っています。ですが、璃子さんを殺した人物は昼過ぎの誰に見られるか分からない場所で――しかも、下劣な行為までしています。とても同じ犯人とは思えません」

 三人は、複雑な表情で頷いた。羽場殺しの詳細な内容は知らないだろうが、璃子殺害の状況は理解できる。行き当たりばったりにも見えるような、短絡的な殺人事件だ。『毒』という、凶器がなければ。


「岡崎は、羽場さんと言う男に仕事を取られ日常的に馬鹿にされて、彼を殺したかった。でも、自分が殺せばすぐに発見されてしまう。だから、『璃子さんを殺したい』人物と対象を交換したんです」


「せやから、璃子を殺したい奴なんて……!」


 祥平の怒ったような声に、櫻子は僅かに悲しみを滲ませた表情で首を横に振った。

「居たんです。でもその相手は、璃子さんがただ殺されたのではなく『レイプされた』事が許せなかった。そんな約束は、していなかった筈です。だから、岡崎を殺した……」

 そこまで話すと、櫻子はシャッターが開いている道路沿いの道を振り返った。


「殺したいほど、璃子さんが憎くて――愛していたんですね、美晴さん」


 櫻子が振り返った先、長い黒髪に黒いベールのハット姿の黒服の女がいた。それは、確かに監視カメラに映っていた女だった。

「美晴、何で来たん!」

 すぐに和葉が、美晴に走り寄った。ハットと黒髪のウィッグを脱ぎ、見慣れた明るいショートヘアの美晴が無表情で和葉に抱き締められていた。

「姉さん……そんな、嘘やろ……?」

 祥平が美晴の姿を見てから、がくりと膝を着いて頭を抱える。


「『チェステッロの受胎告知』を仕上げて、さっき長崎に送ったわ――貴女なら、もう私を迎えに来る頃だと思ったから、急いで仕上げたの」

 美晴は、遠くを見つめていた。そう、独り言のようにそう呟いて。

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