指輪・上
タブレットを取り出した篠原が、発見状況を確認する。
「被害者の羽場は、軽くネクタイを緩めてジャケットを脱いでこの脇のソファに座ってコーラを飲んでいたようですね。毒が回った時に暴れて、ベッドの布団を巻き込んで倒れたようです。なお、風呂場はお湯か水を使った痕跡がありますが入浴した様子はないようです」
羽場が倒れただろう場所に、白線が引かれている。櫻子はスカートを気にしながら、屈みこんで辺りを見渡す。
「一緒に入った相手がお風呂に入る振りをして、その間被害者に青酸カリの入ったコーラを入れて飲ませて待たせたのかしら?」
スーツ姿だという事から、羽場は仕事中だったのだろう。だから、ビールなどアルコール類は飲めない。それに炭酸の味の濃いコーラなら、青酸カリが入れられても気付きにくいだろう。
「こんな状況では、まさか自殺じゃなさそうだし……」
呟いた櫻子は、足音に気が付いて顔を上げた。ドアの所に、佐藤巡査と人のよさそうな小柄な初老前の女性がいた。櫻子は、腰を上げた。
「一条警視、お連れしました。発見者の、前中潤子さんです」
名を呼ばれた女性は、ぺこりと小さく頭を下げた。
「では、自分は持ち場に戻りますね。失礼します」
佐藤巡査は櫻子に敬礼して、清掃員の潤子を残して部屋を後にした。
「あのぉ……もう、刑事さんにはお話ししましたが、まだ何かおかしな事があったんですか?」
潤子は、怪訝そうな顔で櫻子と篠原を見比べる。話したというのは、天満警察の刑事に、という事だろう。
「すみません、前にお話しした刑事とは部署が違うんです。お時間取らせてしまい、すみません」
櫻子は、丁寧に潤子に頭を下げた。篠原もそれに倣う。潤子は良く分からないという表情だったが、頷いた。
「発見した時の事よりも、この部屋を利用した客について何か気になった事はありませんか?」
櫻子は、少し変わった聞き方をした。予想していた言葉を返そうとした潤子は、少しびっくりしたような表情になる。
「この部屋の……死んだ男の人とお連れの方ですか?」
「ええ、どんなことでもいいの。おかしいな? とか気になったことありませんか? 一緒に発見した、フロントの人の事でも構いません」
潤子は、口元に手を当てて僅かに首を傾げて思い出そうとしていた。櫻子も篠原も、余計な事は口にせず静かに潤子の言葉を待つ。
「ああ、そう言えば……ロックがおかしかったなぁ」
「ロック?」
櫻子が、潤子に促すように聞き返した。
「ここはプライバシーとか難しい問題で、監視カメラ? っていうんですか、それががあまりないんですよ。先に来た警察の人にも、フロントの人が説明していました。でも、内緒なんですがフロント入り口に隠しカメラがあるんですわ。それは、刑事さんも監視カメラの映像確認してます」
「あなたも見たんですか?」
「いえ、私は見てません。でも、刑事さんが帰ってからフロントの人が部屋のロックの履歴を確認して、首傾げてたんです。時間が合わないって」
櫻子は、唇の端を上げた。
「監視カメラの映像に映ってる来店時間と部屋が施錠された時間が、合わないんですね?」
それは、尋ねるというよりは確認だった。
「はぁ、来店してから三十分ほどしてやっとロックがかかったんです。誤差の範囲を超えています」
フロントで部屋を選んでから部屋に入る迄、三十分もかかる訳がない。それは誰かの意図的なのか、監視カメラか施錠のミスなのか。
「この部屋に亡くなった男の人が来てから、他に客は来ませんでした?」
「その辺は、私はあんまり分かりません。お客さんが部屋を出たら、手早く掃除するだけなんで……」
申し訳なさそうに、潤子は頭を下げた。
「いいえ、大丈夫です。あなたと一緒に発見したフロントの方……今日はいらっしゃいます? お名前も教えて下さると嬉しいです」
「確か鈴木さんという、浪人生のアルバイトの男の子です。日中は人も少ないので、フロントもアルバイトさんだけなんです。夜になると、社員の方もいらっしゃいますよ。でも今日は、社員の人しか来てへんと思います」
潤子お言葉に、櫻子は少し微笑んで頷いた。
「ご協力、有難うございました。お仕事に戻ってくださって構いません」
櫻子の言葉に、潤子は再びぺこりと頭を下げると部屋を出て行った。
「篠原君、フロントに行きましょう」
櫻子は現場の部屋を出ると、篠原を連れて社員がいると思われるフロントへと向かった。




